しかし反撃もここまで

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「ハートロッカー」を巡る論争に思う

Category: 映画   Tagged: 宇多丸  町山智浩  ハートロッカー  タマフル  映画  Twitter  ポッドキャスト  
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「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」
3月27日収録分、ポッドキャスト限定配信された、町山智浩氏との「ハートロッカー」評をめぐるバトルが面白かった。

「放課後DA★話特別編【part1】」
「放課後DA★話特別編【part2】」
「放課後DA★話特別編【part3】」

※きっかけとなったTwitterは以下を御覧下さい。
トゥギャッター「町山智浩×宇多丸『ハートロッカー』まとめ」
http://togetter.com/li/10915


お互いの意見を一応尊重しながらも、最後まで平行線だった原因は映画批評の目的と立場が違うからだろう。

宇多さんは
・映画のメッセージについては一応正確に受け止めているつもり。
・それでもあの描き方では誤解する人が多いのではないか。
・戦争で実際に被害を受けているイラクの人にとっては、アメリカ人に
 とっての葛藤や苦悩などいい迷惑で傲慢に感じる。
・作り手の意図が、作品における絶対の正解とは思わない。
・個人として作品と向き合う、ということは主観で語ることになり、
 それは批評という合理的行為をする上で基本的に避けなければならない。

という主張と態度。

対して町山さんとしては、勝手にまとめると
・映画批評を客観的にするならば、自身の思想的バイアスは捨てた上で監督へのインタビューをしたり、楽曲、脚本など「徹底的に」調べ上げろ。
・わかりにくい部分があって、それを「よくわかりません」というのは映画を紹介する者(=プロの映画評論家)として不十分。その意味を調べて解説することこそが映画評論家の使命である。
・(日本在住で映画が本業ではない宇多丸くんにはそれは現実的に無理なのだから)逆に個人として作品と対峙して見せろ。
・明確なメッセージを本人は受け取っているのに、それをどう感じるかより「わかりにくい」という技術論で語るのは、悪い意味での「評論家の意見」であって、ラッパーであり表現者である宇多丸くんにとっては逃げだ。

という論旨じゃないかと。
正直、各主張が混線しているような気がするが、リアルタイムで話をする中で「ただの観客として」「客観的な批評家として」に加えて「作品の紹介者として」そして「俺のこととして」という多層的なポジショニングをしたからしょうがない。
それぞれの主張は筋が通っている。


思うに宇多丸師匠は、幼稚な感想批評をしたのではもちろんなく、逆に感想ではない冷静な「批評」をしようと真摯に努力して、そしてその罠にはまったのだ。
まあ要するにこれだ。

「ヘタな知識持つだけ邪魔んなる 自分らしくありゃ即サマんなる」
(ザ・グレート・アマチュアリズム)


つまり、町山さんにしては結構気を遣っていて、厳しい言葉はなかったが、

「ガチで映画の技術論や批評を宇多丸くんがしても無意味だし限界がある」
こと、しかし
「そうじゃない価値こそシネマハスラーにはある」


ということを言いたかったのでは。
それは映画批評本を出し、「同業」として見た宇多さんへの厳しくも暖かい先輩としての洗礼だった、とするのは両氏のファンである自分のような人間にとっては、建設的で良い落とし所じゃないだろうか。


ちなみにその前週のタマフルでは「アメリカHIPHOP入門」を特集していたが、それを聞いたHIPHOPに疎い自分のような人間が、

「いや俺はシーンの流れも歴史的文脈も一通り理解しましたよ
 でもHIPHOPて、なんでバカっぽい表現するの?
 誤解招きやすいじゃん
 意味はわかるけど全然伝わらねえ
 あとドラッグ売られた人とか撃たれた人にとっちゃいい迷惑だよ」

と言って片付けたらどうだろう。
批評としても個人的感想としても愚かなのは明白だし、何よりもったいない。
だからこそ宇多さんやZEEBRAや「チェック・ザ・テクニーク」が、「HIPHOPの紹介者として」解説してくれることに意味がある。


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************************************

さて、我が身にも引きつけて(「俺のこととして」)考えてみると、ブログなどで映画を始め何かの批評をするということは非常に難しいことだと改めて考えさせられた。

下書きには数十と映画評を書いたが、結局現時点で公開しているのは周辺環境を中心に書いた「アバター」と、自分が論じられる地点に引きずり込んだ「選挙」だけだ。
世の中には良い映画批評ブログもあるけれど、しかし結局「客観的に批評/分析する」ことで例えば町山さんのようなプロに匹敵するのはまず物理的に不可能(最低限やるべきこととしては原作の理解、監督他製作者へのインタビュー、その国の文化や時代背景の理解、製作国の言語がネイティブで話せること、カメラや脚本などについての技術的知識などがある)で、そうなると批評は捨てて主観に引き寄せる感想の方が、(悪い意味での)印象批評や表層批評や読書感想文と言われようが、素人がやる分には結局誠実で真に迫るのではないだろうか。
もちろんちょっとした視点のズラシや専門家視点(「現役ヤクザの俺から見た極妻シリーズ」とか)、風刺、ネタ化とかも十分面白いのだが…。

結局、半端な批評をするくらいなら、クソみたいなデート映画でも、初デートでその映画がいかに役に立ったかを熱く語ってくれたかの方がよっぽと面白いはずだ。
客観的に見た場合にひどい映画でも、自分の人生に少しでも残ったら、それはその人にとって「いい映画」だと言って良い贅沢。
そう、自分が批評家ごっこすをるのではなく、良い批評家の助けを得ながら主観だけで映画を見れる、ということは、ある意味でとても贅沢なことなのだ。


例えばそれがうまく行っているのがみうらじゅんの「そこがいいんじゃない!」やエガちゃんの「エィガ批評宣言」みたいな、俺vs映画をサシで語る方法とかじゃないかと。
要するにバカのくせに批評の真似事しちゃだめなんだよな、ということ、そして「アバター」評でも書いたが、どんな立派な批評を書こうとも、書き手に中身が伴ってないなら無意味で空虚だということを改めて考えてみた。

【追記:2011.6.24】
要するにこれは、批評じゃなくて随筆のススメ、ですな。
まあどちらも大事なんだけど、この区別は少し忘れがちになる。
批評としてはまるでダメと貶されていても、随筆や自分語りとしては素晴らしい、という文章は、ネット上の素人言説と揶揄されるものにだってたくさんある、と思います。

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関連エントリ:「ライムスター『マニフェスト』がイカ酢」
       「町山智浩帰国トークライブ」映画評論家としての覚悟、素人としての節度と価値

追記(2010/7/21):
2010/7/14放送「キラ☆キラ」での宇多丸&町山の会話、および2010/7/20 USTREAMでの枡野浩一&町山の会話から察すると、残念ながら結構関係が悪くなってるっぽい。
二人ともこじらせると面倒くさそうな人たちだからなあ…。
まあ大人なのでケンカしないでくれるとファンにとってはありがたいのですが。
まあ枡野浩一氏が一番面倒くさそうだけどw

「キラ☆キラ」ポッドキャスト 「アメリカのテレビドラマ『グリー』について」
http://podcast.tbsradio.jp/kirakira/files/20100714_machiyama.mp3


「町山智浩さんと歌舞伎町のB-WABEで」


しかし、罪山罰太郎vs侍功夫の例の件といい、志のある人達が罵り合っている間にも、小利口なクソ映画メイカーたちは高級ワインを飲み、入江悠監督は家賃も払えない、という状況はイヤンだなあ。
文学論語ってもしょうがないんだよ。産業構造の変革とか考えないと。
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テーマ : ハート・ロッカー    ジャンル : 映画

映画のアトラクション化の可能性

Category: 映画   Tagged: 映画  アバター  宇多丸  ゲーム    
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先日のブログで「マニフェスト」を取り上げてマンセーしたんだが本屋に行ったら今度は絶好のサンドバックがぶら下がってるじゃないですか。

映画秘宝4月号

「ライムスター宇多丸が問う!!これはホントに面白いのか!?
  ―あなたは『アバター』にだまされている!?」

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こりゃなかなか香ばしそうだなと思って早速読んだのだが、内容は高橋ヨシキ氏がボロカス言って宇多丸師匠が一応擁護、という肩透かしな展開。
その後ラジオで宇多丸師匠自身が言っていたが、編集が勝手につけた惹句だったらしい。

だから改めて言うまでもないが、

「3D映像はスゲー、ただしデザインはダセー、脚本はヒデー」

ということでいいじゃないか。みんなもそんな感じだろう。
「いや~アバターすごいね。話はアレだけど」ぐらいの感じで。
キャメロンだってこの作品の芸術性の高さやメッセージ性が抜群だと強く訴えているわけじゃないし。

それにこういう映画が当たってくれることで、結果的には今後の3D作品の製作に道筋をつける、より具体的に言えば上映環境が整備され、開発費が低減し、3D作品の企画を通すための予算的ハードルが下がることになり、

「ジョン・ウォーターズの新作が3Dで上映予定!
今度は飛び出すウンコ食うよ!」

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ディバインミンクストール

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みたいな映画も製作されるかもしれない。
つまり結果として文化的な裾野が広がるわけだ。
文化と経済は、対立的にではなく補完的に考える方が現実的だし創造的だ。

【追記:2010.11.18】
とか言ってたら、マジで飛び出すウンコ映画が!!
「ジャッカス3D」

http://www.jackassmovie.com/#/home

個人的には、ガラガラの新宿IMAXを憂い、閉館後には品川や軽井沢のIMAXにまで足を運び、さらには「しらね大凧と歴史の館」にわざわざ行って大凧合戦の3D映像まで見た経験から

「3Dタンは人気がない!金も掛かる!オレが守ってあげなきゃ!」

という気持ちが強かったし、業界全体もきっと、スムーズに3D環境を推進出来るか「アバター」の業績を注意深く(人によっては祈るような気持ちで)見つめていたはずだ。
商業主義的と批判するのは簡単だけど、これは「儲かったから正義」っていう話ではなくて、経済活動、というか自分自身が立脚する社会全体に対する想像力に関する話ではないだろうか。


さて、ではそもそも「映画の3D化」は良いことなんだろうか?
3D化=アトラクション化=デートムービー化=アホ化
的な文脈で語られることも多いが、自分としては、3D化自体はともかくアトラクション化の意味を「より現実との接点を意識して体験的になる」つまり「認識」や「理解」を「実感」に近づけるもの、とするなら結構希望を持っている。

確かにそれを必要としない and してはいけない作品もあるだろうが、きっとそれによって産まれる新たな感動も芸術的価値もあるはずだ、と思う。

「アバター」公開からひと月余りの2010年2月18日、PS3で「HEAVYRAIN-心の軋むとき-」というゲームが発売された。

HEAVY RAIN(ヘビーレイン) -心の軋むとき-HEAVY RAIN(ヘビーレイン) -心の軋むとき-
(2010/02/18)
PLAYSTATION 3

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知らない方にざっくり説明すると、「セブン」(デビッド・フィンチャー)的なサイコサスペンスを、テキストアドベンチャーではなく、あくまで「ゲーム世界内で主人公として行動、選択する」ことによって進めるという挑戦的試みだ。

ハードの高スペック化に伴って喧伝された「ゲームと映画の融合」には、FF的な「ゲームに美麗なムービーを挿入してより感情移入させる」という方法論もあるが、「HEAVYRAIN」が目指しているのは明らかにそれとは違う。
観客が主人公の選択に介入出来る映画(的ゲーム)」を作ることによって、今までにない新たな体験を提供しようとしているんじゃないだろうか。

自分自身「HEAVYRAIN」をプレイしていて、子どもを持つ身としては辛いシナリオ故になかなかエンタメとして消化出来ず、しかし先に進みたい、でも辛くて嫌だ、と葛藤している。
単に脚本がしんどい、というだけではない。それならばゲームじゃなくて読書でも同じだ。
「自分で主人公を操作して行動し、恐ろしい選択をしなければいけない」
ということが、思いのほか効果的で、とても苦しいのだ。

それは今まで、ゲームはもちろん、映画や本でもあまり感じたことのない感覚だったから、少なくとも私に関しては、製作者の試みは成功している。

そもそも優れたゲームは、作品としての評価はともかく、大概の映画よりもずっと深く「体験」として刻まれやすいのではないだろうか。
なぜなら、一方的、受動的に物語を受け入れるのではなく、ゲームでは何らかのアクションによって自ら「選択」をしなければいけないからだ(携わる時間が圧倒的に多い、という理由もあるが)。
ちなみに一本道と批判されるFFの最新作でさえ、歴史上のどんな映画よりも、選べる「選択肢」は圧倒的に多いはずだ。
「サイレント・ヒル」や「バイオハザード」のようなホラーゲームは恐らく「体験のし易さ」という特性をもっとも効果的に利用しているジャンルだろうし、サウンドノベル(エロゲ含む)やRPGなどシナリオ重点のものも、客観的に見ればさほどレベルの高くないエンタメ小説程度の内容でも、ゲームであるが故に強烈に記憶に焼き付けることが出来る。
(個人的には「新鬼ヶ島」や「ファミコン探偵倶楽部」、「デッド・ゾーン」「水晶のドラゴン」といったファミコン/ディスクシステム初期のアドベンチャーが未だに忘れがたい。)
ftc.jpg
「ファミコン探偵倶楽部・うしろに立つ少女」

このように「ゲームの映画化」、つまりゲームに映画的な要素を効果的に取り込もうというチャレンジがこれまでに多くなされ、実際に成果も上げてきた。
もともと体験を刻むのに有利なメディアな上に、脚本、演出など映画のスキルが応用されれば従来にない作品が出来得るし、訴求する層も格段に広くなるだろう。「メタルギア」「グランド・セフト・オート」などはまさにその文脈から出てきた名作、と言えるかも知れない。



翻って映画側から考えた場合も、もっと「アトラクション化」へのチャレンジがあっていいのでは、と思う。
「グラン・トリノ」のラストで、イーストウッドが選択を俺(観客)に迫ってきたら?
「レントン教授と永遠の歌姫」が、ゲーム原作である意味がない凡庸なアニメなら、いっそ上映の途中で観客が考える時間を作ってみたら?
作品の作家性や完成度は犠牲になるだろうし、映画館という場所で上映する上での物理的限界もあるだろうが、いろいろと想像してみるのは案外ワクワクする作業だ。

古くはウィリアム・キャッスルのギミックホラー(劇場の椅子に電気が走ったりするw)なんてのもあったし、プリキュアの新作を娘と一緒に劇場へ観に行き、ピンチになったらペンライトを振って応援するのも楽しみにしている。
「チャーリーとチョコレート工場」でチョコの匂いを映画館に発生させたような演出も、そういった試みの一種かも知れない。
シャマランの「ハプニング」はクソ映画かも知れないが、田舎のシネコンのレイトショーで見たら観客が俺ひとりだったので、恐らく世界で一番この映画にビビったのはこの俺だ。そういう映画外の恐怖体験もある。
「未来を写した子どもたち」のように、売上の一部をインドの貧しい子どもに寄付する、という行為も、冒頭に掲げた定義から是非この「アトラクション化」に加えたい。

「3人のゴースト」ビル・マーレイが観客に直接訴えているように撮っているラストシーン(以下の動画だと第2位)



バカみたいに見えるもの、単なる「インタラクティブw」的なものももちろんあるしすべての映画がこうすべきだとはまったく思わない。
「これは映画だ」と認識し、背後事情、歴史的文脈、メタ的構造を把握することが映画の「物語としての力」を失わせることになる場合もあるだろう。
それでもこういうことを無碍に否定したくないのは、結局
「ゲーム体験」も「映画体験」も「ネット体験」も本当はなくてすべては「人生体験」だと考えたいからだ
そこだけで消化して終わり、というのではあまりにもったいない。

「如何に現実にフィードバックするか」みたいな話になると功利主義のようだが、「反戦映画を見て絶賛しておきながら、現実ではひどいレイシスト」みたいなのは最低だし、しかしそれは程度の差こそあれ結構陥りがちな罠だ。


家でひたすら殺戮ゲーするのも、難解な映画を見るのも、大学で古典を学ぶのも、ブログで好き勝手書いて悦に入るのも、結局すべて現実との接点がなければ自ら選びとった自由を謳歌しているようで、実はこれこそ本当のマトリックスなんじゃないだろうか

「読書とは、他人にものを考えてもらうことだ」というショウペンハウエルの言葉は読書を上のどの例に置き換えても有用だ。
ゲームとは、映画とは、学問とは、テレビとは…。
ただの借り物の知識や経験、上っ面の感想をひけらかすのではなく、拙くても自らの頭で考え、行動することの方がずっと敬意を払うべき行為だ。

「アトラクション化」が映画においてそのメッセージやテーマを「これはお前自身の問題だ!」と認識させるための、より強いきっかけになるならば、案外いろんな可能性をもっているんじゃないかと思う。


関連エントリ:「ゲームのアトラクション化の可能性
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