しかし反撃もここまで

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年賀状 忌み番の謎

Category: 社会  
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年が開ける前に書いておこう。。。


「死に番号」や「忌み番号」というのがある。
4とか9とか13とか42とか4989とかいう、縁起が悪そうなやつ。
自動車のナンバーや電話番号から外したり、ホテルに4階がないことになってたり。

自分はこういったジンクスの類はさほど気にする方ではないけれど、この季節にはちょっとやっかいなことがある。
お年玉付きの年賀状の番号だ。
人様に贈る物だし、特に取引先の偉い人だとかになると、さすがに少しは気にする。
会社で購入する場合は100枚ほどなのだが、たいがい連番で100枚になる。
となると、末尾が4,9のハガキは20枚、42、49が1枚ずつ、計22枚は、少なくとも忌み番号のハガキとなる。これを抜くかどうか、抜かないなら誰に出すか、毎度結構悩む。

数年前、この中から忌み番号を抜いてもらえませんか、と郵便局の窓口で尋ねたら、最初話がまったく通じなかった。忌み番号というものをそもそも知らない様子だった。
結局、丁寧に対応してくれ、忌み番号ナシの100枚を買えて満足したのだけど、話が通じなかったことにちょっと違和感を感じて帰宅後ググッてみた。
今ググッてもそうだが、「年賀状 忌み番」ではほとんど望む検索結果が出てこない。
ということは、世間の人はほとんどこのことは気にしていないようだ。


…で話がすめば良かったのだが、去年コンビニで絵入りの年賀状を購入した際にビックラこいた。
5枚セットを2組買ったのだが、なんとそのうち8枚が「42」「49」などの忌み番だったのだ。
しかもご丁寧に、表から見える一枚は、普通の番号になっている。

ということは、
・お年玉付き年賀状の懸賞番号についても、忌み番は一部の人に明確に意識されている
・絵入り年賀状を製造している印刷会社(今回のA社だけなのか全般なのかは不明)には、忌み番の年賀状が大量にある=仕入れる何らかのメリットがある

ということになる。

穏やかに考えれば、
1.悪い番号のハガキは、窓口で避ける人がたまにいるので売れ残りやすい
2.封がされているため選択できない絵入りハガキならOKっしょ
3.そっちで使ってちょ

なのかな?
でも忌み番を引き受ける印刷会社側のメリットを考えると
3.忌み番の年賀状を大量に購入してくれたから、ちっとは安くしといたるわ
ということも、あり得る…のか?
郵便局が官製はがきや切手を割引販売することは出来ないから、直接であれば違法になりそうだけど…。

ノルマを課された郵便局員がオークションや金券ショップに定価割れの値段で大量にさばく、という話はよく聞くから、その筋から業者が仕入れるということはあるかも知れないが、それだってせいぜい個人単位の量の話だし、しかも忌み番が大量に発生する理由にならない。

ん~、なんなんだ忌み番号の謎。
誰か教えてください。
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ウィキリークスとロールシャッハ(とイカ娘とサンジ一族)

Category: 社会  
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「WATCHMEN:ウォッチメン」について改めて思うところがあったので書きます。


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「WATCHMEN:ウォッチメン」はアラン・ムーア原作の傑作コミックで、2009年にザック・スナイダー監督によって映画化もされたのでご存じの方も多いかと思います。
が、知らない方のために、超簡単なあらすじをどうぞ(原作本が実家にあるのでウロ覚えスマン。未読の方は是非読んでみるよろし)。

市民「最近物騒な世の中になったわねえ」
   ↓
自称ヒーロー「街の平和は俺にまかせろ!」
   ↓
市民「ウォッチメンとかヒーローまじかっけー」
   ↓
チンピラ倒したり泥棒捕まえたりと、自称ヒーローたちが町内レベルで大活躍!
   ↓
市民「でもよく考えるとあいつらウザくね?」
  「つかそのウォッチメンは誰が監視すんだよ?(Who watches the watchmen?)」
   ↓
国「あんまりチョロチョロ動かれると目障りですねえ…」
   ↓
キーン法(ヒーロー禁止法)ドーン!
   ↓
ヒーロー「な、なんだってー!?」
   
 初代ナイトオウル 
  「そろそろ潮時かの…(とか言いつつ後で暴露本出版)」
 二代目ナイトオウル 
  「捕まるの怖いよ~。でもボクの変身は誰にも止められない!(変態的な意味で)」
 コメディアン
  「オレ様をうまく使う、という手もあるぜ、のう大統領さん」
 オジマンディアス
  「大衆心理と国家の思惑は理解しました。とりあえず今はお金儲けしておきますかねフフフ」
 Dr.マンハッタン
  「ウチュウハウツクシイ…」
 ロールシャッハ
  電波ゆんゆん「でも、やるんだよ!」
 その他の人
  自分探しとかw 

コメディアンはアメリカの負の側面の象徴で、キーン法以後もアメリカ政府と結託し、ベトナムに攻め込むわケネディを暗殺するわ女をレイプするわでやりたい放題。
これに対し”人類最高の賢者”オジマンディアス様は、あっさりヒーロー活動から引退→ビジネス界で成功し巨万の富を築きます。
で、愚かな人類が平和的に世界の諸紛争、問題を解決することなど永久に無理、その前に核使って滅亡しちゃうよ!という上から目線の使命感に燃え、溜め込んだお金で南極に秘密基地を作り、人類共通の敵であるイカのバケモノ※1を秘密裏にこさえます。

※1.たしかこんな感じ(ただしイカ娘が活躍するのは原作版のみ!)
   こいつのせいで300万人も犠牲に…
ikamusume.jpg

要するに、ハリウッド映画でよくある
「宇宙人キター!やばいから人類協力しよーぜ!」
的な手段を使うんですね。

この物語が描かれたのは1980年代の半ばですから、リアルに東西冷戦と核戦争の恐怖があったわけです。
オジマンディアスのやり方も必ずしも荒唐無稽なわけじゃなく(イカはともかく)、共通の外敵を作るというのは政治学的には昔からポピュラーな手段であるし(イカはともかく)、差し迫った恐怖を前にした”冷静で現実的な”判断、でもあるわけです(そんな彼を「人類最高の賢者」としている作者の意図は、もちろん皮肉なのですが)。

で、その計画を知ったコメディアンはオジマンディアスに暗殺され、小利口で小心者のナイトオウルは傍観する(たぶん家に帰って「ボクも辛いんだよ」とか言いながら酒を飲む)。イカ娘の生みの親という汚れ役にされたDr.マンハッタン※2は宇宙レベルのマジ超人なので、
マ、インジャネ チキュウジンガンバッ
とか言って地球から立ち去る。

※2.もはや地球や人類に興味のないDr.マンハッタン
P1002798.jpg


ただ一人、個人の自由意志を信じ、決して妥協をしない男、ロールシャッハ※3だけはこのやり方に異を唱え、お前らぬっ殺してやる!!と息巻くものの、あっさり秒殺されてしまう。

※3.生前のロールシャッハ大先生a.k.a.根本敬
nemotokei.jpg

ただし、事の顛末を記録したロールシャッハの手記は新聞社に…という場面でこの作品は終わる。つまり、その手記が今後どうなるか、読者は考えさせられるわけです。
オジマンディアスの策により、多少の犠牲者は出ようとも核戦争という目の前に迫った人類滅亡の危機が回避され、より安全に、より秩序だった世界に近づいたことを喜ぶのか、それとも一部の支配層によってコントロールされた、偽りの秩序と平和に唾を吐くのか。
正直、どちらを支持するにしろ、心にざわっとした感じが残るでしょう。
それぞれの正義と、理想と、欲望と、それに伴う責任を負う覚悟がいるからです。

さて、この話のラストシーン、何かに似ていませんか?
そう、今話題のウィキリークス Wikileaks です。


偽りの平和かも知れないけれど、イカちゃんによってせっかく東西冷戦が終結し、世界がひとつにまとまる気になったところなのに、もしこの手記によって、すべてがアメリカの一富豪の企みだとわかったら、これまで以上に世界は緊張感に包まれてしまうかもしれない…。しかし手記が紛失し、イカの事実がすべてなかったことになってしまって本当に良いのだろうか…。

アメリカを中心とした先進国が支配し、緊張が高まる世界に対し、上から目線で良い事した気になってるジュリアン・アサンジはまるで賢者オジマンディアスのよう?
リークされた機密情報に対し、開示する/しないの判断を恣意的に決めることが出来るWikileaksという名のウォッチメンを、一体誰が監視するのか?(Who watches the watchmen?)
googleで検索すると、英語圏の記事でそういう批判が結構出てきます。
 「Wikileaks WATCHMEN

でも、それは少々的はずれな批判という気がします。

この作品が生まれた頃から時代は移り80年代後半から現代まで、アメリカという国は従来のコメディアン的な支配の仕方に、オジマンディアス的な支配の仕方を巧妙に取り入れて来たわけです。
イラクだかイランだか東欧だか北朝鮮だか南米だかアフリカだか知らんけど、独裁国家の後進国はひどい!僕たちが土人たちを啓蒙してステキな民主主義国家を作らなきゃ!という大義を生み出し、世界に「平和」と「秩序」をもたらそうと張り切ってきました。そしてマスメディアも、先進各国も、事実上、ある程度それに乗っかってきた、と言えるでしょう。

それに対し「その大義ってホントなのかよ?大量破壊兵器ってホントにあるのかよ?俺ら騙されてんじゃね?」というのが、基本的にWikileaks的な立場なのだと思います。
(短期的に)秩序を乱すことになろうが、平和が侵されようが、一部の人間の都合の良いように塗り固められた世界の認識や歴史などクソ食らえ、すべてがオープンになったその先にこそ、本当の平和/もしくは人間としての自由が守られる、という理想が(どこまで意識的か知りませんが)根底にあるのでしょう。
つまり、アサンジはオジマンディアスではなくて、むしろロールシャッハに近いと言えるんじゃないでしょうか。

また、その選択や運営に恣意性があったとしても、アサンジがオジマンディアス的ではなくてロールシャッハ的だと言えるのは、リークする権利と能力を有しているのはWikileaksだけでは当然ない、という事実があるからです。最早Wikileaks的な組織はいくらでも作れるし、実際出来ていますし、これからも増え続けるでしょう(※「ウィキリークス離脱組が新告発サイト」オープンリークについて触れたForbesの記事を日経が訳したもの)。そしてそれらは当然一枚岩で統制されているわけではない。それぞれが勝手にやってる以上、個別のリークサイトの恣意性や思想的な偏りの問題は希薄化されていきます。
それよりも、国家や企業などの強力な組織には絶対に抵抗しようがない、という状況にならないための手段とかプラットフォームとかがある、という事実がより重要視されるべき点かと思います。

そんな現在の状況では、仮にWikileaksを潰そうが、アサンジを暗殺しようが、さして意味は無いのです。
所詮アサンジはサンジ一族のひとりに過ぎない。
権力に対する怨念バリバリのルサンジ、TSRなみに企業の倒産情報に精通しているハサンジ、大衆ゴシップ大好きなザサンジに、すぐに機密情報をネタに取引したがるダサンジ、誤報ばかりのゴサンジ&ズサンジ兄弟、納豆を300回かき混ぜないとキレるロサンジ等々…(あれ?ロクなのがいないな)。
それらが国家、国家間関係、社会制度、メディア、企業、市民などを当面は乱暴に引っ掻き回すでしょうし、批判も擁護も怒りも喜びも憎悪も祝福も山のように生み出すことになるでしょう。

ちなみに個人的には、人間同士による支配や人為的な秩序を求める努力というのはあって当然だし(それを神による支配からの近代的自我の開放、という西洋的文脈と安易に混同する必要はない)、それが理想的に機能すれば良いかと思いますが、同時に個々の「秩序に反する」因子が常時活動してくれないことにはチェックもされないし新しいものも生み出されないから、どっちも頑張ってね!という態度しか取れないのですが…。
リバタリアンかコミュニタリアンかとか、右か左とか、愛か金かとか、塩かタレかとか、こういうのは大概二律背反として語られるけれど、所詮ビンの中の想定内のブレや、程度の問題でしか無いような気もします。
草を食べまくって羊増える→草なくなる→羊減る→草増える→草食べまくって…みたいな。

そう考えるのは、自分がDr.マンハッタン並の達観した超人だからではもちろんなく、ただ単に権力の横暴も自由への意志も、切実な問題として感じたことがないご苦労なしだからなのですが。
混沌や犠牲の上に私みたいなアホが鼓腹撃壌できる社会が理想、と言えば理想なんでしょうが、まあそんな平和ボケでいられるのは今のうちだけかも知れません。


【追記:2010.1.26】
アサンジがロールシャッハだ、ということは、要するにウィキリークスはジャーナリズムではない、ということでもあります(言うまでもなく”正義”でもない)。
ウィキリークスはジャーナリズムか否か、みたいな議論はいろんなところでされているけど、俺はジャーナリズムではない派、というかその議論はムダだ派です。有効な形の事実追求、検証、議論のプラットフォームとかシステムが出来ればそれでいいわけで。
ちなみにロールシャッハの手記が最終的に新聞社の手に委ねられたように、ウィキリークスも既存のジャーナリズムに検証作業を依頼している、というところも共通点として挙げられます。

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※おまけ「NHKみんなのうた:オランガタン」
http://www.youtube.com/watch?v=77kcSU7LHDQ&feature=related

みんなのうたではカットされている部分の歌詞がある、ということを最近知りました。
この歌詞が書かれたころは、冷戦を想定していたのかな?
河の増水が上に述べた「外敵」にあたるわけですが、その後の展開が面白いですね。
協力、統一、同化と独立、自立、孤立はどちらにもメリットとデメリットがあって、社会はその間を揺れ動くのでしょう。
以下引用させて頂きます。

伊藤 アキラ 作詞
惣領 泰則  作曲
河野 敦朗  編曲

深い河の 右の岸で
深い河の 左の岸で

河の向こう 少し気にして
河の向こう 少し気にして

※ オランガタン オランガタン
  オランガタン オランガタン
  オランガタン オランガタン
  オランガタン オランガタン

ここでは青い色の幸せ
ここでは赤い色の幸せ
何より 美しいと言われている
誰もが 他の色を認めない

河はある日 水を増して
街をひとつにした

ああ 青赤まじりむらさき色
ああ 不思議な色の幸せの世界さ

私に 青い色の幸せを返して
赤い色の幸せ

心を 青く染めるよろこびを
心を 赤く燃やす灯を

河はあふれ 水を引いた
街をふたつにした

ああ 空には青い幸せが
ああ 花には赤い幸せが戻った

※印 くり返し


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