しかし反撃もここまで

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坂口安吾『一家言を排す』を読む(その1)

Category: 書評  
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休日暇だったのでiPhoneの青空文庫アプリでたまたまダウンロードした坂口安吾『一家言を排す』を読んだら面白かった。
短文なのでみなさんも是非どうぞ。


青空文庫:坂口安吾『一家言を排す』
http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/42988_21272.html


「私は一家言といふものを好まない。元来一家言は論理性の欠如をその特質とする。即ち人柄とか社会的地位の優位を利用して正当な論理を圧倒し、これを逆にしていへば人柄や地位の優位に論理の役目を果させるのである。」

と、いきなり今のメディア、テレビのニュース番組からワイドショー、新聞、ブログ、Twitterでのアレやコレを想起させるような鼻息の荒い文章で始まります。
まあ今風に言えば、人気があるとか面白いとか経歴がすごいとか私のフォロワー数は何万です的な人が偉そうに言ってるけど、それ全然根拠ないよ、うまいこと言ってるだけじゃん、印象論だろ、データ出せよコラ、ということでしょう。

で、槍玉に挙がっているのが菊池寛の『話の屑篭』という文章。

「菊池寛の「話の屑籠」は現今文壇における一家言の代表的なものであつて、一部識者の好評を得てゐることは、我国の教養がその真実の論理的訓練に不足してゐることを明かにしてゐるにすぎない。「話の屑籠」には論理性がないのである。のみならずその非論理性を利用して逆に読者の論理性を圧倒しねぢふせ、却つて自説を特殊の論理として通用せしめやうとする、恰も政治家がその性格的非論理性によつて人を圧倒する術を言論の上に及ぼしたかの感がある。」

「あんなの評価する奴がいるってことはバカが多い証拠!」とクソミソです。
この「話の屑籠」という文章を読んだことがなかったのですが、以下のサイトで全文読めました。

「話の屑籠(菊池寛アーカイブ)」
http://www.honya.co.jp/contents/archive/kkikuchi/hanashi/


「月刊文藝春秋」に掲載されていたようですが、見て思わず吹いてしまった。
短文随筆を連ねるという形式で、どう見てもツイッターです。

安吾の『一家言を排す』の掲載日が
「新潟新聞 第一九九六一号〈夕刊〉」1936(昭和11)年11月20日付(19日発行)
とあるので、試しにその直前の同年1月号から11月号までの菊池寛の「ツイート」を上記サイトより抜粋してみます(ちなみに同年は二・二六事件が起きた年です)。


「二月二十六日の事件は、大震災と同じくらいのショックを受けた。実害は、大震災の時の方がずっと大きかったが、しかし今度の方が人変であるだけに、不安が永続きするわけである。こういう事件の結果、言論文章などがいよいよ自由を束縛されやしないかという不安が、いちばん嫌だった。」

「支那は、懐古主義で、理想を堯舜の世に置いている。それは、現実の世の中が不愉快で将来に希望を見出すことができないためであろう。この頃になって、我々に明治時代が何となく懐かしく思われるのは、何のためであろうか。」

「以前にも、一度書いたことがある。昔は、写真屋が十分商売になった。しかし、今は素人がみんなライカなどを持っているので、写真屋はなかなか商売にはならなくなった。現在の純文学も、それに似ている。ちょっとした短篇をかける人が無数にいるのである。こうたくさんいては自然発表の機会も少なくなり、天分の多少優れた人でも、いいものを書く機会が回って来ないことになるだろうと思う。従って世間の注意を惹く機会も少なくなるわけである。文壇は、自発的に、作家の数を整理する必要があるのではないかとさえ思う。」

「先月号の本誌新聞月評の中に「金集めの偉人正力読売氏」と題して、正力氏について書いてあることは、少し悪口に過ぎていると思った。ことに、警視庁にいた時資本家の裏面を知っているのを利用して金を出させているなどの非難は、誣(し)いるもはなはだしい。同氏が、警視庁の官吏であったのは、十数年も昔である。その時知った材料などが、今頃何の役に立つだろうか。これは、同氏が新聞をやり始めた頃の悪口が長く尾を引いているので、同氏に対しては気の毒である。同氏に、資本家の後援者がありとすれば、同氏の男性的な活躍に対する応援以外の何ものでもないと自分は思っている。」

「軍備の拡充と増税だけが、現内閣の使命なのだろうか。国民生活の不安を除去するという組閣当時の声明は、どうなったのであろうか。増税による増収の少なくとも半分は、国民生活苦の救済に振り向けるのでなければ、国民は不満を感ずるであろう。」

「大本教やなにがし教でも、あんなに流行するのであるから、高潔無垢な大人格者が、新宗教を興したら、かなり流行するのではないだろうかと思う。真言宗の教養とその加持祈祷を少し現代化すれば、立派な新宗教を興し得るのではないかと思う。それにつけても、仏教界に、人無きを痛嘆する。」

「論語に「学んで思わざれば則ち罔(くら)し、思うて学ばざれば則ち殆(あやう)し」と。思うて学ばざる者は国家をも殆くすることことがある。」


いやあ、面白い。もちろん自分にはその文脈やら話の精度はよくわからないのですが、当時の世相やら菊池の考えやらが生々しく伝わってきます。
もしこれがツイートで流れてきたら山ほどRTやふぁぼや同意反論リプをされた上にいちいち炎上してその様子がTogetterでまとめられ、「【チチカエレ】菊池寛について語るスレ【ハナメガネ】」とかいうクソスレが立ち、一部ネットウォッチャーがヤレヤレ(ダブルミーニング)的なクソエントリを立て、という流れがもう止めてくれってくらい容易に想像できて大変心苦しいところです。このエントリのタイトルも急遽「我らが坂口安吾先生が菊池寛御大を盛大にディスった件について」にしようかと思いましたがグッと堪えました。


安吾が具体的にどの言葉にムカついたのかはわかりませんし、それが妥当なものだったのかどうかの判断は自分にはできません。まあたぶん論語の「思而不学則殆」の引用には「お前がな!」と即座に罵倒リプライを飛ばしたい気持ちだったのでしょう。
しかし当時安吾が三十で菊池寛四十八という世代や立場の差、不況に苦しみ、戦争の足音が忍び寄りつつある時代背景を考えると、論壇プロレスというよりは、もっと切実なものだったのかも知れません。

それに冒頭で触れたように、何の根拠も知識もなくうっかり「一家言」を持つことの危なっかしさ、不誠実さは、SNS全盛の今だからこそより切実な問題になっている、とも言えます。
安吾の引用だけで秒殺できる「論客」というのは結構いるんじゃないでしょうか。自戒を込めて。
(こういう話題は「自戒を込めて」で終わらせるといろいろとスムーズ、という様式美に従いたいと思います)。


以上、とりあえずここまで。話の方向が変わるので続きは以下のエントリで。

坂口安吾『一家言を排す』を読む(その2)
http://shikahan.blog78.fc2.com/blog-entry-176.html



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