しかし反撃もここまで

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「にほんごであそぼ」についての提案

Category: 子育て  
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今更だが、NHKで放送中の「にほんごであそぼ」について。

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小中学生の頃「じゅげむ」や「でんでらりゅうば」を覚えて得意げに言うような奴は大概しょうもない奴だったよな、という程度の軽い嫌悪感から避けていたが、最近娘と一緒に放送を見ているうちに、次第に違和感が増していくのを感じた。

文章を、特にオノマトペをどう音読するのか、というのは案外難しい問題だ。
国語の授業で作品内の擬声語をどう読ませるかは、必ずしも正解がない上、インパクトが 非常に強いので悩ましい、という教師の話も聞く。

文学に限らず、マンガに出てくる擬声語や効果音、歌、そして2ちゃん語なども、脳内でどう音やリズムを付けて読んでいるかは人によってそれぞれ違うはずだ。
ゆあんゆよん、キタ―――!!!、ざわ・・・ざわ・・・ みんなそれぞれ自分なりの読み方があるだろう。
仮に原作者本人の朗読やアニメ化などにおいて「正解」が出されたとしても、それは必ずしも読者にとって最重要ではなく、「自分なりのバージョン」を大切に胸にしまってあるものだ。

個人的には子供の頃、友人のKくんが歌う「ザ・モモタロウ」(にわのまこと)のもんがーダンスを聞いてそのあまりの珍妙さと自分バージョンとの違いに衝撃を受けたし、「お父さんは心配症」(岡田あ~みん)でお父さんがシャウトしていた「にっちもさっちもどうにもブルドッグ!ハッ!」に、姉と勝手なリズムを付けて毎日爆笑していたのに、後にフォーリーブスの原曲を知ってからは、お利口になったような寂しいような気になったものだ。


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もちろん上の例に対する感想も人によってそれぞれだろう。
だがここでの問題は、どの読み方が一番正しいか、クリエイティブでセンスが良いか等々という水掛け論ではない。
オレの脳内朗読が一番で他は一切認めない、という狭量で独りよがりな主張をしたいわけでも、もちろんない。
読者(視聴者)、それも特に子供に対して、多様に読むことが可能なオノマトペの類を読み聞かせるという行為は、暴力的に強力なことなので、慎重過ぎるということはない、ということだ。
本人が初めてその言葉を目にし、頭の中で読む際には無限の可能性がある。読み手の数だけ音程、リズム、節、抑揚がある。
しかしその機会をただの一度も与えられないまま、まっさらな心に繰り返し繰り返し「どっどど」とやってしまった後には、仮にそれがどんなに素晴らしいものでも、その子にはもうその「どっどど」しかあり得ないのだ。

そのことを、はかないけれど貴重な何かを失ってしまったようで、少しもったいなく感じてしまう。
クリスマスのサンタはいない、ということはいつか教えるべきだが、最初から「いない」と言ってしまっても良いのだろうか。
別に子どものピュアな心がウンヌン、という話ではなくて、せめて最初の一回だけでいいから、サンタを想像させる機会を作ってあげてもいいんじゃないか。


もちろんあらゆる知識や規範の習得は、親をはじめとした周囲からの教えやまねごとから始まるのだし、すべて自分で切り開けというつもりはない。
先天的な才能(または異常性)によって真に新しいものを作り出せるような人など限られており、一般的に人間は過去の集合知の蓄積を習得、消化することによって、自分なりの解釈や表現をささやかに身に付けて行くものだろう。
「あなたらしさ」とか「ナンバーワンよりオンリーワン」とか「クリエイティブな職種」とか「衝撃のラスト5分!」みたいな浅はかなセリフは、せめて町の図書館の全蔵書を読破してから言え、という謙虚さと冷静さは肝に銘じて生きていきたい。
だからこの番組の「どっどど」がたまたまイヤだったとしても、又三郎に出会わないまま人生を終えるよりはよっぽどマシじゃないか、とも言える。

そこで提案なのだが、オノマトペがあるなしに関わらず、番組で文章を声に出して読む場合、毎回なるべく違う読み手、読み方、歌い方、異なったリズムや抑揚で収録したバージョンを放送してみてはどうか。
視聴者は、豊かな日本語たちが読み方によって大きく印象が変わるということを発見し、また読み手によって様々な読み方があるんだと気付き、そして自分はどんな読み方が好きか、更には自分ならどう読むだろうと思い至るかも知れない。
少なくともその余地を残すことが出来る。
またそうすることによって、逆に「ややこしや」は、萬斎さんは、つまりは狂言という型では何故ああいう語り方なのだろう、と興味を持つきっかけになるかも知れない。

そういうヒントを幼少期に得られるということは、寿限無を覚えることより、雨ニモマケズを諳んじられることより、長い読書人生においてずっと素晴らしい財産になるのではないか。


関連エントリ:
理想の子育て法なんてない
「本当の自分」が残念でも、直視して、受け入れよう
プリキュアを語ったりしていいんだろうか


【追記:2010.11.14】
先日久しぶりに見たら、結構そうなってたような…。
いや、最初からそうだったのかもしれないが。未だ未確認ですすいません。

読み方によってぜんぜん違う印象になるものの例として、五味太郎の「るるるるる」と、谷川俊太郎の「ぽぱーぺぽぴぱっぷ」を。
どう読むか難しいけど、声に出して読むのが楽しい本。


るるるるるるるるるる
(1991/05)
五味 太郎

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ぽぱーぺ ぽぴぱっぷ(新価格)ぽぱーぺ ぽぴぱっぷ(新価格)
(2009/04/01)
谷川 俊太郎、おかざき けんじろう 他

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【追記:2011.1.28】
しばらくこの番組を見てみたんだけど、やっぱり好きになれないなあ…。
これは要するに齋藤孝イズムがなんとなくイヤだ、ということなんだろうか?
となると今更な話なんでこれで終わりにしとこう。
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テーマ : NHK    ジャンル : テレビ・ラジオ

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