しかし反撃もここまで

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「町山智浩帰国トークライブ」 映画評論家を名乗ることの覚悟、素人としての節度と価値

Category: 映画  
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昨日(2010/7/28)USTREAMで放送された「町山智浩帰国トークライブ」が非常に面白かったのだが、同時にここ最近のエントリと重なる部分も多々あり、いろいろと身につまされて考えさせられた。

参考エントリ:
「ハートロッカーを巡る論争に思う」
「映画のアトラクション化の可能性」
「ライムスター『マニフェスト』がイカ酢」

「ウィークエンドシャッフル」2008/3/8放送分の以下ポッドキャストも合わせて聞くとよりわかりやすいかも。
「配信限定!放課後DA★話(3/8)【町山編】」
「映画批評レボリューション21」
「土曜日の実験室」(ゲスト:町山智浩)
宇多丸さんのビビリぶりが今聴くと泣けるぜ…。


「ロフトチャンネル」



町山氏が「インセプション」の解説を通じて語ったことの中で印象に残ったことをメモ。黒太字は本人発言要約、「→」以下はそこから自分が思い付いたことや過去エントリの引用など。ただしあくまで私的メモで、ちゃんと網羅もしてないしいわゆる「まとめ」にはしていません。
また「インセプション」自体の解説は敢えて割愛させて頂いてます。
その理由としては、偉そうですいませんが以下2点です。
1.「インセプション」の解説、評論それ自体が町山氏の「芸」の部分なので、安易に抜粋、まとめをしたくない(つーかバカが作ったまとめを読まないで本編聞け!)
2.映画を観てもいないくせに解説を聞いて「インセプションって、ラスト・タンゴ・イン・パリのさぁ(以下略」的な受け売り、知ったかぶりをすることを憎むので、それを助長したくない


明らかな誤解があればご指摘下さい。
また「ここはこう意味じゃね?」とか「この部分を理解するにはこの本がオススメ」みたいなのもあればぜひお願いします。

・「2001年宇宙の旅」「素晴らしき哉、人生!」「地獄の黙示録」などについて解説

→ヤコペッティとソラリス以外は以下の本などですでに語られていることが多いのでそちらを。
 
映画の見方がわかる本―『2001年宇宙の旅』から『未知との遭遇』まで (映画秘宝COLLECTION)映画の見方がわかる本―『2001年宇宙の旅』から『未知との遭遇』まで (映画秘宝COLLECTION)
(2002/08)
町山 智浩

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・脚本などの資料に当たることも、インタビューもせずに印象だけで
 わかったようなことを語りすぎている弊害が大きすぎる。知識も愛情もなく、
 最低限のこともしない映画ライターなんていらないし商業的価値はない。
 豊富な知識や愛情を持っている一部ブロガーに淘汰される。

・解釈には4つのレイヤーがある(→まだ未整理?階層になってない)
 すぐに「自由な解釈」を主張するが、それ以前に読み違えしちゃまずいだろう。
 基本的に第三層(仮)までは解釈の自由はない!
 すべての人が言論をする状況=すべての言論、思想が無意味化する
 「自分の(幼稚な)意見」ばかりで教養が崩壊する

 →多様な解釈というのは、基本が出来た上での高度な話 
 何百年もかけて作ってきた基礎を理解した上での応用であって、基礎がなければ
 下手くそが描いた絵を「ピカソみたいで個性的で素晴らしい」というようなもの
 学校の国語のテストで「起きた出来事」や「筆者の言いたいこと」をひとつに決めるのは
 おかしい、解釈は多様だ、という文句をいう生徒が結構いたことを思い出す
 国語のテストではお前の意見など聞いてない、事実解釈は多様ではない、という
 論理的思考の基礎訓練が出来ていないことが問題
 学校の国語はセンスや感覚ではなく思考訓練だという認識の欠如のツケが
 回ってきているのかも

子どものための論理トレーニング・プリント子どものための論理トレーニング・プリント
(2005/01/25)
三森ゆりか

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「つくば言語技術教育研究所」の一連の取り組みも面白い
http://members.jcom.home.ne.jp/lait/


音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉 (中公新書)音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉 (中公新書)
(2009/06)
岡田 暁生

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音楽は決してそれ自体で存在しているわけではなく、常に特定の歴史/社会から生み出され、そして特定の歴史/社会の中で聴かれる。どんなに自由に音楽を聴いているつもりでも、私たちは必ず何らかの文化文脈によって規定された聴き方をしている。そして「ある音楽が分からない」というケースの大半は、対象となる音楽とこちら側の「聴く枠」との食い違いに起因しているように思う。




・一般の人が幅広い映画的教養や背景すべてを網羅する必要はないし
 便実的に無理。それを代わりにやるのが映画評論家という仕事の価値で、自分が
 「映画評論家」と名乗るのはその重荷を背負う覚悟があるから


「ハートロッカーを巡る論争に思う」

そう、自分が批評家ごっこすをるのではなく、良い批評家の助けを得ながら
主観だけで映画を見れる、ということは、ある意味でとても贅沢なことなのだ。



・何世紀にもわたる集合知の積み重ねという最低限の事実と検証は踏まえようよ
 オンリーワンとか個性と言われた弊害で、偽評論家もブロガーも
 自分の意見ばかり言う
 素人はそれでいいかも知れないが、評論家は違う
 映画の良さを伝えたいという衝動が出発点なはずなのに
 映画をダシにして「自分を語りたい奴」が増えている


 →最近主流になっている「集合知」「オープンソース」的な発想への問題点提起でもある
 技術の世界では比較的有効だが(良いプログラムかどうかはわかりやすいし感情的反論も
 おきにくい)思想や文化の世界では集合知を集合愚が食い尽くしてしまう問題もある

 しかし、作り手や専門家の研究、一般的解釈を理解する努力をし、最大限の敬意を
 表した上で素人が述べる「個人的な感想」や、敢えて行う誤読やネタ化はOKではないか。
 確かに素人がえらそうに批評の真似事をしてもしょうがない。
 でも、素人が優れた評論家から解説してもらう真の意義は、それを受け売りで語る
 ためではなく、知識を増やすためでもなく、自分の人生を、社会をなんらかの形で変える
 ことにあるのではないか。
 それが素人の節度であり、素人の価値。

RHYMESTER「K.U.F.U.」 by宇多丸


最初はほんのちょっとしたチェンジだが未来にとっちゃ大事なチャレンジ
芸術・科学・経済に政治も ウン千年かけて拡げたレンジ
ナメたらアカン その蓄積を ナメたらアカン ウンチクや説教
ナメたらアカン そのセコい知恵こそ通じてんぜ 大いなる道へ


「グラン・トリノは俺の映画か?」

目の前で火事が起きた際に、火事だと叫ぶ役目も、バケツを運ぶ役目も、消火栓を探す役目も、その手際の良し悪しを評価する役目もあってしかるべきだし、社会全体のためには必要なことだろう。
でも、みんなでバケツをグルグルとリレーし、得意げにその速さと所作の巧みさを競って回し続け、いつまで経っても誰も水をかけず、飛び込みもせず、燃え盛る炎を前にして「消防署のサイレンの響きに感動した」とか「バケツの大きさはこの半分であるべき」などと優雅にも語り合い、その上逃げ出しすらしないのは笑えない状況だ。


「映画のアトラクション化の可能性」

「これは映画だ」と認識し、背後事情、歴史的文脈、メタ的構造を把握することが映画の「物語としての力」を失わせることになる場合もあるだろう。
それでもこういうことを無碍に否定したくないのは、結局「ゲーム体験」も「映画体験」も「ネット体験」も本当はなくてすべては「人生体験」だと考えたいからだ。そこだけで消化して終わり、というのではあまりにもったいない。
「如何に現実にフィードバックするか」みたいな話になると功利主義のようだが、「反戦映画を見て絶賛しておきながら、現実ではひどいレイシスト」みないなのは最低だし、しかしそれは程度の差こそあれ結構陥りがちな罠だ。


「にほんごであそぼ」についての提案

先天的な才能(または異常性)によって真に新しいものを作り出せるような人はごく限られており、一般的に人間は過去の集合知の蓄積を習得、消化することによって自分なりの解釈や表現をささやかに身に付けて行くものだろう。
「あなたらしさ」とか「ナンバーワンよりオンリーワン」とか「クリエイティブな職種」とか「衝撃のラスト5分!」みたいな浅はかなセリフは、せめて町の図書館の全蔵書を読破してから言え、という謙虚さと冷静さは肝に銘じて生きていきたい。


「ハートロッカーを巡る論争に思う」

 世の中には良い映画批評ブログもあるけれど、しかし結局「客観的に批評する」ことで例えば町山さんのようなプロに匹敵するのはまず物理的に不可能(最低限やるべきこととしては原作の理解、監督他製作者へのインタビュー、その国の文化や時代背景の理解、製作国の言語がネイティブで話せること、カメラや脚本などについての技術的知識などがある)で、そうなると批評は捨てて主観に引き寄せる感想の方が、(悪い意味での)印象批評や表層批評や読書感想文と言われようが、素人がやる分には結局誠実で真に迫るのではないだろうか。



・「インセプション」のテーマは無限後退の恐怖と罪
  「キャリー」
  「うる星やつらビューティフルドリーマー」
  「マトリックス」
  「トータル・リコール」(フィリップ・K・ディック)などなど
  そして「シベリア超特急」!!
 
・ロバート・フロストの詩
 解釈の自由はどこまで許されるのか
 一般的解釈まではきっちりやろうよ 
 (そしてそれはみんなが思っているよりずっと大変なものだよ)

・蓮實重彦の表層批評は従来の意味批評(テーマ主義)に対する反動として生まれた
 凡庸なテーマを論じても無意味 枠からの逸脱を観よ
 しかしその悪しきフォロアーが増長したのが悪いテキスト論、印象批評
 それが映画批評や文化の崩壊につながった


 →進化、権威化、堕落、反動、進化…を繰り返して前進するのは
 映画批評に限らず文明進歩の基本的メカニズム。
 今は町山メソッドに多くの人が共感しているが、彼のバッドフォロアーが
 生じることも、またそれに対するアンチが生まれることも彼は否定していない。


表層批評宣言 (ちくま文庫)表層批評宣言 (ちくま文庫)
(1985/12)
蓮實 重彦

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読むための理論―文学・思想・批評読むための理論―文学・思想・批評
(1991/06/15)
石原 千秋、木股 知史 他

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・テーマはたいてい凡庸なもの 凡庸な物語=近代(的自我)
 民話など近代以前の物語にはオチもテーマも意味もない(浦島太郎)
 それに思想が毒されている
 近代とは子どもが大人になり主体・主人公として運営していくもの
 (かつては王様や法王の言いなり)
 個々人が大人/主役にならなければならない社会的要請があったから、ハリウッドは
 個人の成長を描く それが凡庸なテーマばかりになってしまう理由でもある

 →寓話の悪徳 わかりやすい話からの想像力の欠如 偏見や思考停止
    
・1968年ヘイズコード撤廃によってニューシネマが始まる(学生運動などの影響も)
 凡庸なテーマからの逸脱 しかし蓮實はそれも批判
  自分の主張の垂れ流しにすぎなくて、美学がない 枠があってこその自由
 「スター・ウォーズ」「ロッキー」などによってその時代も終わる


・トーマス・マン 教養文学(ビルドゥングスロマン)
 みんなが大人になる必要があった(大人にならなければ死ぬから)
 ところが、近代以降では社会が豊かで安定したため、子供のままでも済むようになった


 →ポストモダン化、大きな物語の崩壊という社会背景

・「主役でない意識」neet問題 大人になってもしょうがない
 ボルヘス「円環の廃墟」自分が誰かの夢の登場人物だと気付く話
 唯我論は「自分以外はいないかも知れない」
 円環の廃墟は「自分すらいないかも知れない」
 自分は「お客さん」だから、教養も知識も映画も文化も政治も学ばなくていい、
 放っておいていい、関係ないと思ってしまう 
 現実感覚の希薄化と教養の崩壊
 教養とは、自分と他者との違いを理解すること


 →「逆張りだけが人生か」
 ポジショニングとリスクテイクだけで、主体性のない人間の無意味さ
 →「なにが本当にブラックなのか?」
 教養とは何なのか。単なる知識に頼ることの危険性

・「ハートロッカー」論争
 ストーリーが理解しづらいが子供→試練→大人 の三部構成
 キャスリン・ビグローの思想:狂気や戦争中毒と英雄行為は紙一重 しかし
 それこそが生きる実感を掴むということで否定出来ないもの


 →映画評論家としても名を成し始めている宇多丸師匠(子供)
             ↓ 
  プロの評論家である町山氏と対立、反発、挫折(試練)
             ↓
  評論家、表現者として一皮剥けた新宇多丸に成長!(大人)
  
 という建設的展開希望  

・イデオロギーと映画の評価は別
 一緒だとブルース・リーも硫黄島も評価できない=「テーマがいいから良い映画」という
 意味批評に戻ってしまう


 →この点やや整理不足な感もあり

・「マイレージ・マイライフ」「レスラー」「クレイジーハート」も同じ構造の映画
 「calling」(天職)、使命を知り、幼稚な「可能性」から卒業して大人になる、
 ということがテーマ 自由とは不自由を抱え込む上に成り立つ
 町山氏も、才能や自信があるからではなく、使命感で映画批評に取り組んでいる、という態度

 
 →calling(「神が」呼ぶ)の背景にはキリスト教的価値観、死生観がある
 「なりたい自分になる」「ホントの自分探し」「好きを仕事にする」的な現代日本の価値観は、それはそれで意義あるものかも知れないが、宗教や規範のない社会ならではの難しさも同時に内包してしまう。 
 前向きに「社会の中での自分の役目を知る」という発想は、現代日本ではほとんど共有されていない。それが日本の個人主義、自己責任論、政治アレルギーなどに繋がる?
 「五十而知天命」


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・しかし批評家ではなく表現者として自分をぶつけて語ることの価値もある
 それによってイデオロギーも超えられる
 宇多丸は特権的な表現者なので、自分をぶつけるべき
 観察者、研究者、お客さん、傍観者では意味が無い


 →「ハートロッカーを巡る論争に思う」

思うに宇多丸師匠は、幼稚な感想批評をしたのではもちろんなく、逆に感想ではない冷静な「批評」をしようと真摯に努力して、そしてその罠にはまったのだ。
まあ要するにこれだ。
「ヘタな知識持つだけ邪魔んなる 自分らしくありゃ即サマんなる」
(ザ・グレート・アマチュアリズム)
つまり、町山さんにしては結構気を遣っていて、厳しい言葉はなかったが、「ガチで映画の技術論や批評を宇多丸くんがしても無意味だし限界がある」こと、しかし「そうじゃない価値こそシネマハスラーにはある」ということを言いたかったのでは。



・「ハートロッカー」のテーマは「でもやるんだよ精神」
 「でもやるんだよ精神」が偉大なのは「成熟した大人」だから


 →ただの無茶やわがままや根性論や「夢をあきらめない!」ではなく、自分の限界も、絶望も、諦観も、悲しみもすべて織り込んだ上での覚悟だから価値がある
 

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・質問者1「宇多丸さんにツイッターで謝っていたのと齟齬がないか?」

 →愚かな質問!あのツイートは謝罪ではなく明らかに強烈な攻撃の一手!

・質問者2「キューブリックがわかりづらくしたのだから、多元的な見方は
      監督が意図したものだから良いのではないか?」
 一方的に答えを提示すると脊髄反射的に反発し受け入れない人が多い
 だが自分で気付いたことは信じやすい
 だからキューブリックは気付く人たちのためにナレーションを消した
 (=勝手な解釈を容認するためではない)


 →表現を効果的に伝えるための手法
  ウェブの炎上や世論誘導など、アンチを増やすもの、動員させるのも、ある種の層の人たちにとっては非常に自覚的でたやすいことなのかもしれない
  少なくとも大衆は自分で選んでいるようで、賛成反対どちらにせよ意外と安易にコントロールされているのかも
 
 
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・吉田豪の質問「映画ライターみたいなのが許せないなら何ならいいのか?」
 司会者の失態で意図が伝わらず

  
  →吉田豪としては「映画うんこばえ」みたいな名前を付けてもらいたかった、みたいな話。

・死む/死ぬを間違える

 →オレも未だに「む」と「ぬ」を書き間違えるよ!

・町山さんはTENGAに興味がない!

 →このへんにアラフィフの町山さんとの世代間ギャップを感じるな

・異論反論、論理矛盾指摘OK。これからブラッシュアップしていく

→で、結局これらの議論を踏まえた上で、表現者でも評論家でもない俺みたいな無知な凡人は何をすべきか/すべきでないか、を考えなきゃアカンのかも


【追記(2010.10.9)】
togetter(私家版)『マイレージ、マイライフ』の一解釈をめぐる映画評論家町山智浩(@TomoMachi)と@my_yoursの議論
http://togetter.com/li/57753
長いけど、これをおかずにどんぶり飯3杯くらいいけるな。
内容はもちろん、緊張感と敬意に溢れた良い議論の見本のようなやりとり(いきなりパンチから入っているけど、お互い間違いは認めて議論のための議論をしていない、という意味で)。
個人的には上のエントリで保留にしていた問題(主にビルドゥングスロマンとそれに変わる価値観の創造について)をいろいろと解決してくれたような気がする。
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Comments

新幹線男。
勿論唯我論は寂しいですよ。
当然唯我論は古臭いですよ。
無論唯我論は不要ですよ。
寧ろ唯我論は無用ですよ。



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