しかし反撃もここまで

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「人生解毒波止場」を再読して 

Category: 書評  
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関連エントリ:
感じるな、考えるんだ、その果てに感じろ
「町山智浩帰国トークライブ」映画評論家を名乗ることの覚悟、素人としての節度

根本敬「人生解毒波止場」の文庫版が出版されたので購入して再読した。


人生解毒波止場 (幻冬舎文庫)人生解毒波止場 (幻冬舎文庫)
(2010/12)
根本 敬

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話題になっている町山智浩の解説で明かされる根本敬の覚悟は、真冬の因果海峡を褌一丁で渡り切るような、軽々にすげえと驚けない、静かに重いものだった。こういう生き方もあるのか。

「町山智浩帰国トークライブ」で町山氏が、批評というのはまずは客観的事実を丁寧に積み重ねていく作業だと主張していたが、そう語る彼だからこそ、根本敬の仕事を評価する言葉に意義がある。
 

ゴミを集める人たちは英語でホーダーズと呼ばれ、強迫神経症の一種だと言われている。しかし、そんな精神医学用語よりもブーツィの言葉は優しく悲しい。


これは、「安易に感じず、必死で考え、その果てに感じた」者だけが書き得る文章だ。
(そういえば、表層批評とかテキスト論というのも、本来そういうことだった気もするのだが。)


それにしても、例の電波喫茶の話と根本敬のあとがきを読んで、ああ、俺は電波喫茶のママを論破しようとして「お前は黙ってろ!」と天に言われるA氏であり、混沌に目鼻を付けようとする輩だな、と思った。
なんか昔読んだ時も同じようなことを思った気がする。
「でも、やるんだよ」とは、俺にはまだまだ言えない。
「でも、しょうがないよ」ばかりだな。まあそういう役割もある。ならば無粋承知でそういう立場で考えてみる。



世間の常識とは違うもの、価値がないと思われ、馬鹿にされているもの、狂っていると思われているものに光をあてる根本敬の仕事は、自分のように傍で見ている者にとっては面白おかしく、やがて悲しい。
でも、正直それがどういうことなのか、わからなくもある。
鈍感で乱暴な世論とか、画一化、無菌化される世の中に対する反抗が必要なのはわかる。
でも、電波喫茶を守るのは、それが今現在の社会によって排除されているからであって、もし何かのきっかけで(下手したら自分のせいで)電波陰謀論が社会の主流になり、まっとうな学者がリンチされる世の中になったら根本敬はどう行動するのか。
そんな外的要因や評価とは無関係に、自分を貫く人に興味を示すのか、それともそんな”狂った”社会に唾を吐いて、迫害される学者を守ることになるのか。
そういった価値観の大きな変換というのは、歴史を見れば案外あっさり起こりうることだ。

浅草キッドの「お笑い男の星座」とか、吉田豪の仕事を、傍観者として楽しみつつも、その無邪気さにちょっと嫌な気持ちもしていた。
石原慎太郎や猪木はさぞ面白い人だろう。
でも、鼻息荒く「我が闘争」を書き上げたヒトラーもさぞ面白い人物だったろう。
うちの親父も傍目には相当面白い人物だった。でも、俺にとってはすべてを破壊するモンスターでもあった。
情報を汲み上げる段階では個々人が政治的判断、善悪の判断はすべきでなく、ただ埋没させずに拾い上げ、多様性を確保し、判断は世に任す、という役目、使命を果たせばいいのか。
その責任は誰が負うのか。もしくは誰も負うべきではないのか。
根本敬の覚悟は、その責任を負う、ということなのか。



【追記:2011.2.8】
TBSラジオ「キラ☆キラ」2011.1.28放送分のオープニングで水道橋博士がキラ☆キラ新年会での神足裕司いじりの件を話していた。

2011.1.13放送の吉田豪のコラムで神足裕司が取り上げられたことで、神足裕司のキャラが強烈に立ち、そこに博士やピエール瀧が絡む一連の流れは、芸人としては素晴らしい仕事だと思う。
もし自分が神足裕司を語るとしたら、コラムや連載のダメな点を散々あげつらって終わり、という「内容的には正しいけどクソつまらない」ことになるだろう。
それをここまでいじり倒してネタに出来るんだから、その腕とプロ意識はすごい。

でも。
こういうのは、言ってみれば「神足裕司」というキャラ、虚像を勝手に作って面白がっているに過ぎない。
プロの芸人たちがわかった上でやっている高度な遊び、キャラ化による見立てだ。
実際は「400戦無敗」でも、「オナニーでは誰にも負けない」*1 人間でも、全然ないんだから(この点は神足裕司自身も非常に自覚的だったから、彼を責めるべき話ではない)。
平たく言えばお約束の「プロレスごっこ」をしているだけ、とも言える。

それをつまらない正論でキーキーと文句を言う無粋さは十分承知しているけれど、でも、こういうのは無邪気な集団心理の誘発のようでもある。
センスある人たちが「ネタ」として遊んでいることが拡散すると、その文脈や背後関係など読まずに、あっという間に「ベタ」になってしまう恐ろしさは、ネットが普及したこの十年でみんなイヤというほど知っているはずだ。
「絶対に許さない」「非処女は中古」「また大阪か」「※ただしイケメンに限る」「”信頼できる”男」みたいなネットスラングだって、最初は「わかってる」人たちが敢えて価値観を逆転させたり、視点の切り替えや極論の提示をするためにやった「ネタ」だったのだろうけれど、これを額面通り「ベタ」に信じてしまう人が出てきてしまうように。

あるツイートを、面白いからと拡散しておいて、それがガセだと分かって実害が出ても、その騒ぎすらまた拡散して面白がる、という自由が確かにある。でも、その責任は、必ず誰かが負わなくてはならない。
もちろん拡散を規制したり、やめるべきだとは言わないけれど、それに加わってしまった場合、自分はどうするだろう。
そういう当事者性、覚悟が吉田豪にはあるのかはわからない。
もちろん当事者性を敢えて持たず、常に一定の距離を保ち続ける苦労や価値というのも当然あるから「吉田豪は無責任!」という批判をしたいんじゃない。
でも、根本敬の覚悟は、俺はその責任から逃げない、ということなんじゃないだろうか。


*1:真のオナニーチャンピオン。罪山さんの絶妙なツッコミと校正でクソ笑える上に、仕事とは何かを考える上で勇気をもらえる名インタビュー。
オレの邪悪なメモ【オナニーの世界チャンピオン、大いに語る! 株式会社TENGA取締役・佐藤“トンガリ”雅信氏インタビュー】
http://d.hatena.ne.jp/tsumiyama/20110127/p1

【2011.2.21】
なんて書いたそばから、吉田豪が絡まれる事件が発生。
「QJ吉田豪氏による唐沢俊一氏へのインタビューを巡って藤岡真氏と伊藤剛氏のやりとり」
http://togetter.com/li/102281

藤岡氏は、まさに上で書いたように「無責任だ!」と因縁をつけてしまっている。
気持ちはわかるが完全な八つ当たりだし、自分の主張ばかりして吉田豪が何を言っているのかまったく理解出来ていないところが残念なところだろう。
ただ、吉田豪は今後もこういった八つ当たりやらその他もろもろのトラブルは避けて通れないだろう。
「闇」と関わる仕事をしている以上、どんなに距離を置いても、自分も無傷ではいられない。
でもその時にこそ、彼の仕事が本当に面白くなってくるんだろうな。
取材者としても、取材対象者としても。


※ちなみに新年会の顛末について、宇多丸師匠と小島慶子が「プロレスめんどくせえ!」宣言をしていて、上記のような意味でいたく共感致しました。

【2011.3.7】
こんなリンクも貼っておこう。
・悪の元凶はメガネ王でもえがちゃんでもなく「支援者」だ(はてな増田)
http://anond.hatelabo.jp/20110306173818
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テーマ : 読書感想    ジャンル : 本・雑誌

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Comments

根本氏および同盟は、
守る、反抗する、主流でないものに光を当てる、社会を持ち出すなど単に頭で考えるものではなく、(イタズラ大百科的な文脈で)自身の琴線に響くものに惹かれ、話を聞いたりしてきているのだと思います。彼らのやっていることはまさに聞き手であって、無理解な社会への折伏ではないと考えています。

私は自分から電波喫茶のママの話やタクシーの運ちゃんのエロ話を聞いたり湊さんのチラシを集めたりなど、そういった類の事をしても彼ら同盟の様に感銘を受けることはないだろうと思います。そういう素に触れても何かが繋がった感触は持てないです。社会の無理解云々よりも彼らの語り口を通すと面白くなるものを面白がっているにすぎないのだと思っています。
電波陰謀論が社会の主流になっても
根本氏が好きな黒人音楽や世界的ロックバンドの批評の様に、違う切り口を提示することで
ファンを獲得するということはあり得ると思います。
例えば世間の電波陰謀論を斬るというやり方です。世間では電波電波言ってるけど俺が考えるに~的な。イタズラにイタズラをぶつけるやり方とでも言うのでしょうか。
これで読者を獲得出来るかはまた別ですが。




最後の行、
これで実際に読者を獲得出来るかはまた別ですが。に訂正します。
しつこく書き込んですみません
コメントありがとうございます。全然しつこくないっす。

>単に頭で考えるものではなく

というのはその通りですよね。
で、その上であえて自分のような小賢しい人間が小賢しく頭で考えてみた、という話です。

ある種の狂気を持った人が時代と離れる/寄り添う瞬間というのはどういうものなのだろう―それはもちろん運にも大きく左右されるし、人によってはかなり自覚的だったりするだろうし―ということに興味があります。
極端に相対化すれば、根本敬の仕事ですら場合によっては非常に体制的、保守的、権威的、大衆迎合的な仕事として評価されることだってあり得る、と言えるんですが、自分が祭り上げられる事態になったら彼のような人はどういう行動をとるか、自分だったらどうするか、実はそこで真価が問われるような気もします。
単なる逆張り野郎や天邪鬼なのか、自分の信念を貫く者なのか、自分の信念はあるがそれ以上に他人や社会への意義や影響を考えようと努める者なのか等々。もちろん必ずしもそれに優劣は付けられないのでしょうが。

また本文中に挙げた石原慎太郎氏の生き様を見ていると、まさに「時計じかけのオレンジ」の悪夢をベタになぞっているようでもあり、いろいろと考えさせられました。
まあ彼の場合は基本的には最初から持てる者ではあるんですが。
ついでに
「深町秋生ベテラン日記」世界はもっと大らかで自由。吉田豪「新人間コク宝」
http://d.hatena.ne.jp/FUKAMACHI/20101227

最後の「インタビュアーはでたらめであっちゃ困るけれど」という態度が無邪気すぎて納得いかない気もする。

おおらかで自由なのはいいよね!
(※ただしオレが被害を受けない範囲に限る!)

てのは欺瞞で、文の主旨を徹底していないような。
まあこれも日常の感覚としては十分理解できるし、ビジネスマナーの文書だったら当たり前すぎて反論の余地などない内容なんだけど、吉田豪や根本敬と絡めて書くと少し無自覚な点がある気がします。
まあ深町さんは好きだし敢えて難癖付けてみているようなものですが、考えるための練習として。



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