しかし反撃もここまで

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デマには「根絶」ではなく「拡散」で対抗する

Category: 社会  
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東日本大震災:ツイッター 「誤りだ」もつぶやいてデマを淘汰 - 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/biz/it/news/20110405mog00m040029000c.html?inb=ri

という記事について。

災害心理学が専門の広瀬弘忠・元東京女子大教授へのインタビュー記事で、要約すると以下4点。

1.ツイッターなどのSNSでは、情報の正しさを見極めるのが難しいし、デマも発生しやすい。しかしオープンに議論することで「チェック機能」や「自浄作用」が働いて「良貨(=良質な情報)が悪貨(=デマ)を駆逐」していく。小さな混乱は起きるが、SNSがない場合(関東大震災時の朝鮮人暴動デマのような)に比べて大規模なパニックにはならない。

2.デマは、不確かな状況下で作り出される物語のようなもの。日ごろ持っている欲求不満や偏見が映し出される。

3.支援の輪の拡大、安否情報や各種リスト共有、個別の細かい情報を発信することで全体がつかめる、などの利点がある。

4.ソーシャル・ネットワークを使えない人たちが、ネットワークに参加できるようなシステムをつくる必要がある。


このうち2、3、4についてはそうだろね、って話なんですが、1.についてちょっと考えてみたい。

いや、恐らくツイッターが嫌いで「あんなものデマ拡散器だ!」と叫ぶ人が否定するであろう「良貨が悪貨を駆逐する」っていう部分は、別に異論ない。というか基本同意。
前エントリでも

「デマ拡散については、「拡散しない努力」だけじゃなく、Twitterならではのデマ解決法は、場合によってはむしろ拡散することなんじゃないかと思っていたのでやってみた(もちろんいろいろ条件が付くだろうが)。
大部分の水はきれいでも、端々の小さなクラスタという淀みは真っ黒なまま放置していいんだろうか。」


と書いた。
ツイッターの本質は拡散だし、ひとつのつぶやきにさほど意味があるわけでもない。
だから仮に

「【拡散希望】東電社員です。やべーよさっき菅総理が原子炉にカイワレ投入したら爆発しちゃったよ!」

というデマが信じられ、拡散されて一気に50000RTされても、途中で誰かが気付いて
「この情報まじかよ」
「ソースは?」
「いやさすがに原子炉にカイワレはないだろ」
「誰か検証してくれ」
「このツイートが最初にされた時には菅総理は官邸にいたはず」
「つうかこのアカウント、フォロワー2人の卵じゃん」
「新聞記者の○○です。さっき枝野官房長官に確認しましたが、そういった事実は一切ないそうです」
「民主党の△△です。さっき官邸で話しましたよ。証拠画像あり。デマでしょう」
というようなステップを踏む。そんで最終的に

「【拡散希望】”菅総理が原子炉にカイワレ投入→爆発”というのはデマ!ソースは○○と△△の証言http…」

というツイートがまた60000RTされて無事消化、みたいなケースが多かったように思う。
まあこのへんは「思う」だけじゃなくてちゃんとある程度は数字で検証しなきゃかもしれないけど、しかし震災をきっかけに、こういったデマへの対応が、総体としてどんどん上手になり、鎮火までのスピードが速くなり、要するに「慣れて」いったのは確かだろう。新規登録者もガンガン入ってきたけど、初心者への「Twitterの作法」に関する説明やツッコミも同じようにこなれていったし。

デマをRTしちゃっても、そんなに気に病む必要はない。デマとわかった時点で訂正・取り消しのRTに協力すればいいだけ。
なぜなら、RTするのは本来、単に居酒屋で隣の席から聞こえてきた話を、「へえ。~らしいよ」と同席している友だちに話す程度のものだからだ。
もちろん多少の情報精査能力があるのが望ましいのは言うまでもないが、いちいち言質をとられて糾弾されるべきものでもないし、そもそもそういった「ゆるさ」こそがツイッターの最大の美点でもあるんだから、それを躍起になって批判したり、知識やリテラシーやIQ不足が原因だ!(キリッ と叫ぶのは、自身の中途半端な知識と知恵と善意からくる小賢しさの表明でしかない。
基本的には「あーデマだったわ申し訳ない」で十分なんだよ。そもそもデマとネタとメタと皮肉と感情の吐露と想像力と予言と真実の区別なんて、厳密にはつくわけないんだし。
だから、「デマを根絶する!」のではなく「デマは湧くものだから、拡散しても被害が少ないようにしておく」というのが望まれるあり方で、それは奇しくも今原発被害拡大の一因として語られる、無謬主義やゼロリスク信仰の問題と同一なのだろう。

関連エントリ:
『災害時のTwitter利用の記録・1』
『災害時のTwitter利用の記録・2』


だから広瀬教授の説には基本賛成なんだけど、ただーし、だ。(※以後は話がそれる予定)
これはあくまでツイッター上のデマという「情報」の話であって、実際の行動の話ではない。
つまり、仮にデマが完全に鎮火したとして、あるいは拡散しまくってる状態が続いたとして、それが実際の行動にどの程度影響するのかは、当然ながらまた別問題だ、ということだ。
正直「また残念なTwitter民の皆さんが大騒ぎしているようだがww」とネタにされるようなことは多数あった。でもそれは過剰に可視化された言説に過剰に反応しているだけで、現実社会には何の影響もなく「一方その頃オカンはコタツでみかん食ってるのであった」みたいなのが実態だったり。
一時期、2chでネトウヨ的な言動が目立つ→若者の右傾化が進んでいる!ヤバい大変!みたいな話があったが、それが実際の行動、特に投票やら政治活動にどの程度影響するかといえば、いろんな統計があるものの、2chのログに占める割合よりは現実は「若者が右傾化」してはいない、ということは明らかなようだ。

Twitterがきっかけで、個人の具体的な日常生活、購買行動、避難行動、慈善活動、政治活動等にどのように影響をおよぼすのか、または利用者が人口のわずか数%ながら著名人など影響力の大きい人が数多く使っているTwitterでの言説やムーブメントが現実社会にどの程度影響するのかは、ちとわからん(単純な関係はいくらでも表明出来るだろうけどね)。
その上それぞれの人は知識も立場も心境も環境も違うわけだし、また情報はTwitter単一なわけではなく、それ以外のメディアや情報源とカクテル化されているわけだから、中長期の影響ともなると、本当のところはたぶん誰もわからん。解きほぐせない複雑な要因が無限にある。

という一応の指摘の後で再び、ただーし、だ。(※以後は話が斜め下に行く予定)
ツイッター上のデマをみて、「菅やべーよ!」と思わずRTしてしまい、その後デマだとわかって訂正RTをし、全員がデマだと認識したとしても、心理はまた別問題だ、ということ。
「情報」としては「デマ」だと確定してヤレヤレ一安心、一件落着したものの、一度上がって下がった心の波は、元の波にあらず。
そのデマの種類によって、ドキドキだったりワクワクだったりヒヤヒヤだったりメソメソだったりムカムカしたものが心の中に必ず残る。しかもそういった情報の津波に晒され続けるのがツイッターだ。
もしいろんなメソメソ絶望系のデマを10個ばかり連続で見聞きし、RTするかどうかはともかく、「情報」として知ってしまったら、それが後にすべてデマだとわかったとしても、すっかりメソメソな気分になってしまうだろう。
また「みんなで手をつないで祈ろう!」みたいな、まったく中身のない偽善的発言とされるものをルンルン気分でツイートしたりRTしまくっていて、多数のフォロワーにRTされまくったとしたら、仮に現実には何の効果もなくても、皆それなりにルンルン気分になって社会にとっては案外良い影響があるかも知れない。でもそれは危機の状況や種類によっては悪い影響なのかも知れない。
その気分がさらに現実の行動にどう影響を与えるかは…と、とにかく影響は単純じゃない。
要は「情報」や「知識」の短期的なプラマイだけじゃ全然ツイッターの功罪を分析したことにはならないんじゃないか、という話でした。
ま、これはいくらでも拡張可能な話だし、ツイッターに限らないし、検証しようがない、あるいは検証が無意味な話なのかな。

そんなことを考えた上でのまとめ。(※以後は話が斜め後ろに行く予定)
経済学や社会学、心理学などの叡智を借りるのは良いとしても、単純化された理論を自分のような素人が判断の材料にしようとしても、現実は要素や条件が多様すぎて、実際はみじめな精神安定剤かレッテル貼りの道具にしかならない、ということが今回の震災を機に身に染みた。
未曾有の災害と、それに伴ってリアルタイムでダイナミックに変動する社会、言説、価値観。
そういう「未知の現実」に対し、既知の理論や知識にハメ込んで理解出来た気になる。それは心の安定には繋がるだろうが、現実を直視することから逃げることでもある。

専門で勉強している「知識人」と呼ばれる方々にもそういう人が結構いるように感じられたのだがどうだろう。
あるいは、専門家としては静観しているのが賢明で誠実だが、人としてなんとか社会の役に立とうとした、ということなのかも知れない。世の評価は結果論でしかないし。

社会学や心理学、政治学やメディア論なんかも、見果てぬ夢としての「心理歴史学」みたいな話はきっとあるんだろう。
でもそれがどんなに発展したとしても、不確定要素が多すぎて、こんな混乱期ではきっと昭和の気象予報より遥かに低い精度なんだろうな。いや、混沌の予測やアドリブはハナから無理だけど、後の検証には役に立つのか。
非常に限定された条件下での「正しい数字」を真理として奉り、ちょっとでも限定条件がズレると途端に「想定外」と言って開き直る幼稚さ、もしくは誠実さ。
あるいは、ロクに数字も知識も理解しようとせず、漠然とした言葉や概念で不用意に現実を定義しようとする浅ましさ、もしくは誠実さ。
そうやって少しずつわかること、出来ることを増やしていくしか無いのか。それが学問に対して誠実だとか、冷静で理性的だ、ということなのか。

つくづく、この世は複雑だねえ。
俺が浅はかな考えで、社会のため、混乱を避けるため、人のためと思って行う行為は、長い目で見れば最悪の結果を招き寄せる行為なのかも知れないな。


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震災後話題になっている本。これを読んで「人は災害の時には案外協力してユートピアが実現するんだ!暴徒とかにはならないんだ!」と理解している人はとても危険。

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