しかし反撃もここまで

スポンサーサイト

Category: スポンサー広告  
このエントリーをはてなブックマークに追加
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

このエントリーをはてなブックマークに追加

『ロスト・ケア』ネタバレ感想

Category: 書評  
このエントリーをはてなブックマークに追加
前回『ロスト・ケア』について書かせて頂いたのですが、発売から一ヶ月以上たちましたので、ネタバレ感想をちょこっと。


ロスト・ケアロスト・ケア
(2013/02/16)
葉真中 顕(はまなか・ あき)

商品詳細を見る



(一応名前は伏せてますが)以下ネタバレ込みなので未読の人は注意!

































































…これくらい改行すれば良いんですかね。

さて、この物語の犯人はあの人なんですけど、一応「こいつが犯人だろ」とミスリードされる人がいます。
終盤にその人と真犯人が鉢合わせる場面で「ああそういうことだったのか」と真相がわかるのですが、それが単なるミスリードのため、つじつま合わせのための行動ではなく「なぜ彼はそうしたのか」を考えるとなかなか悲しい。

「えらそうなこと、よさげなことを言っていたのにいざとなるとこれか」とも言えるだろうし、「善良で責任感がある彼のような人をも追い込んでしまう社会よ…!」とも言えるでしょうが、いずれにしろ彼の存在は、地味ながらも大友や佐久間ら他の登場人物と同様に、読後も悶々と嫌な思いを残してくるのでまったく困ったものです。

ネタバレで言いたかったのはとりあえず以上です。
ご清聴ありがとうございました。


このエントリーをはてなブックマークに追加
テーマ : 本の紹介    ジャンル : 本・雑誌

【書評】葉真中顕『ロスト・ケア』

Category: 書評  
このエントリーをはてなブックマークに追加
私たちはテレビやネットといったメディアを通じて、日々様々なニュースに接している。

派遣、ブラック企業、就職氷河期、格差、自己啓発、検察・警察制度、検視、累犯、冤罪、司法、政策、メディア、震災、原発、貧困、生活保護、シングルマザー、うつ病、薬物依存、高齢化社会、過疎化、介護保険制度、ケアビジネス、尊厳死・安楽死。

これらの問題を扱ったニュースや記事を見ない日はない。
皆なんとなくそれらを理解しているつもりでいるし、不満や義憤やチャンスを感じて、なにか言及することもある。

「労働者を商品として扱う派遣は許せない」
「自己啓発とか言ってる連中はどうも気持ち悪い」
「努力してどこでも通用するスキルを身に付ければどんな時代でも生き抜ける」
「放射能と放射線の違いもわからない情弱な主婦が放射脳化しててワロタ」
「ナマポなんてもらうくらいなら氏ねよ社会のお荷物が」
「検察は保身と功名心からいくらでも勝手なストーリーを作り上げる」
「うつ病は甘え。結婚しないのも孤独死も自己責任」
「地方の過疎化問題は人口を集積したほうが効率が良い」
「これからは高齢化社会なのだからケアビジネスや老人向け市場が拡大する」


反射的な発言にしろ、あるいは”冷静で客観的な”分析や発言だとしても、我々が日々テレビやツイッターなどで目にするこれらの「議論」にはどの程度意味があるのだろうか。
ニュースの第一報が報じられ、その印象でAを悪者にして叩き、しかし第二報ではどうやらBが真犯人らしいとなじり、途中そもそも冤罪かも知れないからと警察やメディアを批判し、すっかり忘れた頃に見かけたルポを読んで実はCが黒幕だと憤り、判決には「やっぱりな」としたり顔で言ってしまう「善意」。
そしてすっかり良いことをした気持ちになって「本当の問題」は先送りになってしまう。自分自身、そんな日々を送っている。

無論、誰にも知られず見過ごされ放置されるよりも、たとえ間違っていたとしても話題になること自体に意味がある場合も多い。ネットはオープンな分、仮に間違った言説が拡散すれば、その分その検証も手厚くなり、結果的に議論がより深まることも多いからだ。最初からすべてを網羅した言説や完全な回答などあり得ないのだから、バカなことをやって、突っ込まれて、失敗して、謝って、検証して、修正して、を繰り返して、少しずつマシにしていくしかない。



ロスト・ケアロスト・ケア
(2013/02/16)
葉真中 顕(はまなか・ あき)

商品詳細を見る




葉真中顕『ロスト・ケア』を読んだ。
このエントリの冒頭で挙げた問題の数々は、実はすべてこの本で扱っているテーマだ。

とは言っても、著者は恐らく「キャッチーだから」これらの話題を詰め込んだ訳ではない。
確かにこの小説は「最近よくある」介護医療の現場をテーマとしたミステリーだ。テーマは重いはずなのにとてもわかりやすく、構成やトリックも巧妙で面白い、優れたエンターテイメント作品だろう。
その上、現実の様々なニュースや人物、会社、本、記事が露骨なくらい容易に思い浮かぶような箇所がたくさんある。

しかしそれらは単なる借り物や記号ではない。
同時代の作家が今この時に、そこから何を参照しようとしているのか、何を提起したいのかが生々しく伝わってくる。巻末に記載されている参考資料は参考資料としてだけではなく、「物語の外」=現実社会にある様々な問題へ我々を紐付ける機能も果たしている。
書きたいテーマを誠実に書いた結果、小説の中に出来上がった「架空の社会」に現実と同じく多くの問題が付随してきた。だからできるだけ多くの問題を、様々な立場を、同じように丁寧に描いたのではないだろうか。

そしてそれらを物語のために都合よく利用したり、うっかり印象論で断罪したり、わかりやすい「敵」を作ることを極力排除しようとしている。そうして分かった気になったり、溜飲を下げて終わることを恐れている、と言ってもいい。様々な立場の登場人物をフェアに描くことに最大限の慎重さを払っている。
フェアに描くとはどういうことか。糾弾するのではなく、それぞれの事情、背景、論理、信条、善意や悪意、強さと弱さを描くということ。そしてその忍耐強いフェアさゆえに、読み手は誰かのせいにして逃げることができず、現代社会が抱えている構造的な問題を、これまでの自分の言動を、そしてこれから起こるだろうことを、直視せざるを得なくなる。(*1)

読み終えて、自分はどうすれば良いんだろう、と思った。
相変わらずニュースに無責任なツッコミを入れ、テキトウに批評をした気になり、たいした行動もしない。面倒には関わりたくない、と正直思っている。他人に「良い人」と思われるための言動は小器用に理解しているから、そういう煙幕を張っておいて、こっそり自分だけ「安全地帯」に逃げられればそれで良いと思っている(このエントリももちろんその一環で書いている)。

それでも、最初から万能薬などないのだし、超人やカリスマが解決すれば済む問題でもない。
「ずっと前からわかっていたこと」なのに「誰も動かない/動けない」ことに対して、問題を指摘して、話題を喚起して、想像して、共感して、共有して、拙くてもバカなことをやって、突っ込まれて、失敗して、謝って、検証して、修正して、を繰り返しているうちに、何か少しでもマシなこと、役に立つことが出来るかも知れない。そう思って生きていくことにする。



****************************************


著者の葉真中顕(はまなか あき)さんは、以前別名義で書かれていたブログが大人気だった有名なブロガーさん(本職はライター)だったので、ご存知の方も多いかと思います。
自分もその愛読者の一人だったのですが、当時から教育問題や政治といった真面目なテーマはもちろん、将棋や映画、いやTENGAやプリキュアを語る時ですら!、一貫してこの「フェアさ」というものを大事にされていたように思います。それは多様な立場を想定するということだし(TENGAのエントリはふざけているようで、実際はジェンダーや思春期の実存、障がい者の性といった問題まで配慮していた)、「想像力の欠如」を憎むということだし(そう言えば『ロスト・ケア』内で一箇所この言葉が使われる場面はドスが効いていた)、データや研究をしっかりと尊重して印象論や感傷に流されない、ということに表れていたと思います。

だから「ブログをやったら人気が出たので本を書いて作家デビュー!」というネットすごろくやノマドサバイブ的な話ではなく(いや実際飯は食っていかなきゃなのは間違いないけれど)、元々社会に対していろいろな思いがあって、んでたまたま文学が好きで、物語の力を信じていていたから、それを託して小説を書いたんだろうな、と自分は理解しています。
まあそんなことよりシンプルに、自分の人生に「葉真中顕」という名のお気に入りの作家がひとり増えた、ということをとても嬉しく思います。


いやあんまりすげーわーさすがだわーとか勝手に持ち上げて下ネタを言いづらい雰囲気を作られても本人は困るだろうし、勝手な妄想を投影されすぎて作品の幅を狭めてしまうのもアレなので、次回作はぜひコミケ会場で起こるサークル同士の対立が凄惨な殺人へと発展するもエロジャンル別売上の推移というデータをきっかけに暴かれた犯人はヤス×ボスのBL作家だった的などうしようもないミステリーを全力で書いて頂きたいところです。ありがとうございました。


(*1)たとえば、本書は各登場人物ごとに細かく章立てられていて、それぞれの視点が行ったり来たりする。その際、Aが主役のパートでAが語るCと、BのパートでBが語るCはまるで違う。視点が違うから当然だ。しかしそれだけでなく、Aのパートの三人称で語られるCと、Bのパートの三人称でわざわざ描写され直すCも微妙に違ったりする。これは単にミステリーにおける叙述の問題ではなく、三人称、つまり”冷静で客観的”な分析、メタ視点、大局視、達観と呼ばれるものも、AやBの主観の上の客観なのだということを象徴してもいる、のかも




塩狩峠 (新潮文庫)塩狩峠 (新潮文庫)
(1973/05/29)
三浦 綾子

商品詳細を見る


「愛」なき国 介護の人材が逃げていく「愛」なき国 介護の人材が逃げていく
(2008/07/31)
NHKスペシャル取材班、佐々木 とく子 他

商品詳細を見る


累犯障害者 (新潮文庫)累犯障害者 (新潮文庫)
(2009/03/30)
山本 譲司

商品詳細を見る


僕らはいつまで「ダメ出し社会」を続けるのか 絶望から抜け出す「ポジ出し」の思想 (幻冬舎新書)僕らはいつまで「ダメ出し社会」を続けるのか 絶望から抜け出す「ポジ出し」の思想 (幻冬舎新書)
(2012/11/30)
荻上 チキ

商品詳細を見る


ペコロスの母に会いに行くペコロスの母に会いに行く
(2012/06/30)
岡野 雄一

商品詳細を見る


※現実への紐付け、ということでいくつかリンクを。
【SYNODOS JOURNAL】社会を構成する ―― 医療・介護・財政 土居丈朗×大野更紗×大西連
http://synodos.livedoor.biz/archives/2024415.html
【SYNODOS JOURNAL】制度改正論議にみる介護保険制度の欠陥 本間清文
http://synodos.livedoor.biz/archives/1886535.html
【累犯を断つ】(1)刑務所でしか暮らせない
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/feature/article5/20120604/20120604_0001.shtml
コムスン不正問題メモ: 極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2007/06/post_de05.html


※ネタバレでの一言はこちら。
『ロスト・ケア』ネタバレ感想
http://shikahan.blog78.fc2.com/blog-entry-181.html
このエントリーをはてなブックマークに追加
テーマ : オススメの本の紹介    ジャンル : 本・雑誌

坂口安吾『一家言を排す』を読む(その2)

Category: 書評  
このエントリーをはてなブックマークに追加
「坂口安吾『一家言を排す』を読む(その1)」
http://shikahan.blog78.fc2.com/blog-entry-175.html


さて、安吾は

「我々の理知的努力と訓練により、また人間性の深部に誠実な省察を行ふことにより、早晩我々の世界からかゝる動物的な非論理性を抹殺し、肉体的な論理によつて正当な論理を瞞着し圧倒することの内容の空虚を正確に認識しなければ、人間の真実の知的発展は行はれ得ない。
過去において社会制度は幾度か変遷した。然し人間は殆ど変りはしなかつた。漸く変りかけてゐるのである。」


という、作家として、一人の人間として大変誠実な言葉で締めくくっていますが、しかしこの言葉は今これを読む自分には若干の違和感がなくもない。
現在の「まともな」(しかはん主観)知識人であれば、「我々の理知的努力と訓練により」などというそれこそ「肉体的な論理」を振りかざすことの危険性を察知し、まずは統計や調査によって現状を正しく認識しよう、論理的思考トレーニングや報道・科学リテラシーなどについての教育とその研究に予算を配分しよう、メディアに関するルール作りをしよう、社会心理学や行動経済学などの理論を応用しよう、などと言うことが多いはず。
そうでないとすぐに「お主は理知的努力が足りぬ!もっと自分を追い詰めろ!」という精神論や、「学問的な訓練を積んでないDQNやヤンキーは話になんねーよな!」という排除になってしまいがちだから。


しかし時代によらず、文学者や思想家がそれを言う必要があるのかとなると、なかなか難しいところです。
文学者の紡ぐ物語が、論理的思考や統計や数字やエビデンスを無視してただ安い感傷に流れるとしたら、それは最悪なだけでなく、社会に悪影響を及ぼすものになる(たとえば原発や遺伝子や疫学や人口学について間違った知識に基づいて書かれた小説を想像してもらいたい)。
しかしそういった他分野の進歩や蓄積を真摯に受け止めた上で、それでもなお残る愛憎、善悪、正義、信仰などといった心の問題について(いやそれさえも脳科学や生物学の範疇だよとも言えるが)語る意義はまだまだ十分あるだろうし、「数字」より「物語」の方が圧倒的に強い場面は多々ある。

物語はある種の魔法だ。それを生み出す作家やメディアは魔法使いだ。人を惹きつけ、その気にさせ、不安に陥れ、安らぎを感じさせ、義憤を引き起こし、絶望も希望も与える。
間違った知識や独りよがりな倫理観を元に嵐を呼び寄せる「黒い魔法使い」はこの世から決していなくならない。
それに対抗するには物理砲撃(数字や研究)だけでなく、魔法科以外の学科もちゃんと勉強し、広くみんなの声に耳を傾け、少しずつでもこの世界を良くしようとする意思を持った「白い魔法使い」の存在が必要だ。

きっとこれからの文学というのは、そういう真摯さや誠実さの上に成立するんじゃないか、と思う。
魔法は扱いが難しく危険なのは当たり前。でも、魔法じゃなければ防げない魔法攻撃もあるし、魔法の良い使い方ってのもきっとあるのだから。



統計学が最強の学問である統計学が最強の学問である
(2013/01/25)
西内 啓

商品詳細を見る


もうダマされないための「科学」講義 (光文社新書)もうダマされないための「科学」講義 (光文社新書)
(2011/09/16)
菊池 誠、松永 和紀 他

商品詳細を見る


ロスト・ケアロスト・ケア
(2013/02/16)
葉真中 顕(はまなか・ あき)

商品詳細を見る

このエントリーをはてなブックマークに追加

坂口安吾『一家言を排す』を読む(その1)

Category: 書評  
このエントリーをはてなブックマークに追加
休日暇だったのでiPhoneの青空文庫アプリでたまたまダウンロードした坂口安吾『一家言を排す』を読んだら面白かった。
短文なのでみなさんも是非どうぞ。


青空文庫:坂口安吾『一家言を排す』
http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/42988_21272.html


「私は一家言といふものを好まない。元来一家言は論理性の欠如をその特質とする。即ち人柄とか社会的地位の優位を利用して正当な論理を圧倒し、これを逆にしていへば人柄や地位の優位に論理の役目を果させるのである。」

と、いきなり今のメディア、テレビのニュース番組からワイドショー、新聞、ブログ、Twitterでのアレやコレを想起させるような鼻息の荒い文章で始まります。
まあ今風に言えば、人気があるとか面白いとか経歴がすごいとか私のフォロワー数は何万です的な人が偉そうに言ってるけど、それ全然根拠ないよ、うまいこと言ってるだけじゃん、印象論だろ、データ出せよコラ、ということでしょう。

で、槍玉に挙がっているのが菊池寛の『話の屑篭』という文章。

「菊池寛の「話の屑籠」は現今文壇における一家言の代表的なものであつて、一部識者の好評を得てゐることは、我国の教養がその真実の論理的訓練に不足してゐることを明かにしてゐるにすぎない。「話の屑籠」には論理性がないのである。のみならずその非論理性を利用して逆に読者の論理性を圧倒しねぢふせ、却つて自説を特殊の論理として通用せしめやうとする、恰も政治家がその性格的非論理性によつて人を圧倒する術を言論の上に及ぼしたかの感がある。」

「あんなの評価する奴がいるってことはバカが多い証拠!」とクソミソです。
この「話の屑籠」という文章を読んだことがなかったのですが、以下のサイトで全文読めました。

「話の屑籠(菊池寛アーカイブ)」
http://www.honya.co.jp/contents/archive/kkikuchi/hanashi/


「月刊文藝春秋」に掲載されていたようですが、見て思わず吹いてしまった。
短文随筆を連ねるという形式で、どう見てもツイッターです。

安吾の『一家言を排す』の掲載日が
「新潟新聞 第一九九六一号〈夕刊〉」1936(昭和11)年11月20日付(19日発行)
とあるので、試しにその直前の同年1月号から11月号までの菊池寛の「ツイート」を上記サイトより抜粋してみます(ちなみに同年は二・二六事件が起きた年です)。


「二月二十六日の事件は、大震災と同じくらいのショックを受けた。実害は、大震災の時の方がずっと大きかったが、しかし今度の方が人変であるだけに、不安が永続きするわけである。こういう事件の結果、言論文章などがいよいよ自由を束縛されやしないかという不安が、いちばん嫌だった。」

「支那は、懐古主義で、理想を堯舜の世に置いている。それは、現実の世の中が不愉快で将来に希望を見出すことができないためであろう。この頃になって、我々に明治時代が何となく懐かしく思われるのは、何のためであろうか。」

「以前にも、一度書いたことがある。昔は、写真屋が十分商売になった。しかし、今は素人がみんなライカなどを持っているので、写真屋はなかなか商売にはならなくなった。現在の純文学も、それに似ている。ちょっとした短篇をかける人が無数にいるのである。こうたくさんいては自然発表の機会も少なくなり、天分の多少優れた人でも、いいものを書く機会が回って来ないことになるだろうと思う。従って世間の注意を惹く機会も少なくなるわけである。文壇は、自発的に、作家の数を整理する必要があるのではないかとさえ思う。」

「先月号の本誌新聞月評の中に「金集めの偉人正力読売氏」と題して、正力氏について書いてあることは、少し悪口に過ぎていると思った。ことに、警視庁にいた時資本家の裏面を知っているのを利用して金を出させているなどの非難は、誣(し)いるもはなはだしい。同氏が、警視庁の官吏であったのは、十数年も昔である。その時知った材料などが、今頃何の役に立つだろうか。これは、同氏が新聞をやり始めた頃の悪口が長く尾を引いているので、同氏に対しては気の毒である。同氏に、資本家の後援者がありとすれば、同氏の男性的な活躍に対する応援以外の何ものでもないと自分は思っている。」

「軍備の拡充と増税だけが、現内閣の使命なのだろうか。国民生活の不安を除去するという組閣当時の声明は、どうなったのであろうか。増税による増収の少なくとも半分は、国民生活苦の救済に振り向けるのでなければ、国民は不満を感ずるであろう。」

「大本教やなにがし教でも、あんなに流行するのであるから、高潔無垢な大人格者が、新宗教を興したら、かなり流行するのではないだろうかと思う。真言宗の教養とその加持祈祷を少し現代化すれば、立派な新宗教を興し得るのではないかと思う。それにつけても、仏教界に、人無きを痛嘆する。」

「論語に「学んで思わざれば則ち罔(くら)し、思うて学ばざれば則ち殆(あやう)し」と。思うて学ばざる者は国家をも殆くすることことがある。」


いやあ、面白い。もちろん自分にはその文脈やら話の精度はよくわからないのですが、当時の世相やら菊池の考えやらが生々しく伝わってきます。
もしこれがツイートで流れてきたら山ほどRTやふぁぼや同意反論リプをされた上にいちいち炎上してその様子がTogetterでまとめられ、「【チチカエレ】菊池寛について語るスレ【ハナメガネ】」とかいうクソスレが立ち、一部ネットウォッチャーがヤレヤレ(ダブルミーニング)的なクソエントリを立て、という流れがもう止めてくれってくらい容易に想像できて大変心苦しいところです。このエントリのタイトルも急遽「我らが坂口安吾先生が菊池寛御大を盛大にディスった件について」にしようかと思いましたがグッと堪えました。


安吾が具体的にどの言葉にムカついたのかはわかりませんし、それが妥当なものだったのかどうかの判断は自分にはできません。まあたぶん論語の「思而不学則殆」の引用には「お前がな!」と即座に罵倒リプライを飛ばしたい気持ちだったのでしょう。
しかし当時安吾が三十で菊池寛四十八という世代や立場の差、不況に苦しみ、戦争の足音が忍び寄りつつある時代背景を考えると、論壇プロレスというよりは、もっと切実なものだったのかも知れません。

それに冒頭で触れたように、何の根拠も知識もなくうっかり「一家言」を持つことの危なっかしさ、不誠実さは、SNS全盛の今だからこそより切実な問題になっている、とも言えます。
安吾の引用だけで秒殺できる「論客」というのは結構いるんじゃないでしょうか。自戒を込めて。
(こういう話題は「自戒を込めて」で終わらせるといろいろとスムーズ、という様式美に従いたいと思います)。


以上、とりあえずここまで。話の方向が変わるので続きは以下のエントリで。

坂口安吾『一家言を排す』を読む(その2)
http://shikahan.blog78.fc2.com/blog-entry-176.html



堕落論 (新潮文庫)堕落論 (新潮文庫)
(2000/05/30)
坂口 安吾

商品詳細を見る


恩讐の彼方に・忠直卿行状記 他八篇 (岩波文庫)恩讐の彼方に・忠直卿行状記 他八篇 (岩波文庫)
(1970/12)
菊池 寛

商品詳細を見る

このエントリーをはてなブックマークに追加

今更だけど、やまもといちろう氏について

Category: 社会  
このエントリーをはてなブックマークに追加

[徳力]やまもといちろうさま、イケダハヤトさま、謹んでイベントの担当を承ります。でも、本当に参加してくれる人っているんですかね・・・?tokuriki.com
http://blog.tokuriki.com/2013/02/post_736.html



元隊長とイケダハヤト氏の話がギャラリー含めてワイワイ盛り上がっていて、イケハヤ少年を人生の諸先輩方がやーいウンコウンコとディスるものの、イケハヤ少年の心には届かないどころかますます頑なになり、両陣営の罵倒が一層白熱する、というこれぞディスコミュニケーションな光景が繰り広げられていますが、自分の興味は以下の通りです。


誤解を恐れず正直に告白すると、自分にとってこの十余年、やまもといちろう(a.k.a.切込隊長)氏は尊敬する大人の一人でした。

2ちゃんねる時代はひろゆきの友だちだとか資産運用で何百億儲けただとか特殊部隊出身だとか人殺してるとかいろんな噂がありすぎて、とりあえずなんだかよくわかいけど変な人がいるもんだなあ、という印象でした。
まあネット自体が今より怪しいものだったのでそこにいる人も怪しいし、みんなケンカしてて良いなあ、楽しいなあ、これからの時代こういう人が社会に関わると面白いよなあ、などと思いながら無責任にキャッキャしていたわけです。

その後ぼちぼち紙のメディアに載ったりビジネスニュースに取り上げられるようになり、あー切込隊長ってこういう顔してたのか、なんか切込隊長っていうより切り裂きジャックみたいだな、とか失礼なことを感じつつ(いや、当時は今よりもっと神経質で怖そうに見えたのです)、「ネットの変人」で終わらずちゃんと実業界で成果を出しててすげえなあ、と思ったものでした。まあ今思えば隊長は別にネットを理由に出世したわけではなかったんですけどね。リアルでちゃんとやってた人なので。

ベタなんですけど、当時はやはり「俺たちの2ちゃんねる」的な共同意識みたいなものが根底にあって、それは漠然とした体制側・権力側へのアンチ的な心情と言いますか、綺麗に言えばアノニマスやウィキリークスのような市民的非服従をある程度共有するような場であったわけです。いや今でもそういう部分はあるでしょうけど。
あるいは殺伐としていて批判や罵倒は当たり前だけど、その分、身も蓋もない本音やロジカルさや合理性が尊重される場だった。みんなそういうところが好きだったのでしょう。
で、ひろゆきとか切込隊長っていうのは、なんかよくわかんないけどそういうののひとつの象徴として機能していて、簡単に言うと格好良かったんですよ。
あーいいなあ、俺も一緒に仕事したり殴り合ったりしたいなあ、という。
その後ホリエモンが近鉄買収&出馬で盛り上がった時にメディアが「既得権益に対抗する新世代の象徴として若者に支持されてる」なんて分析してましたが、自分にとってはそれがホリエモンではなくてタイミング的に隊長だった、という感じです。

人によっては、隊長は実家も裕福だし学歴や人脈もあるので別に反体制じゃないじゃんクソ保守的なこと言いやがって死ねって話だと思うんですが、むしろこういう”現実主義かつ合理主義”(一応カッコつき)かつそれなりの立場や地位で尚且つちょっとアレ、みたいな人が政治やビジネスの側でどう立ち回るのかを見るのは可能性があるじゃないですか。
貧乏な人文系批評やルサンチマンで固められた誇大妄想的反権力ジャーナリズムや自己満系左派みたいな連中は掃いて捨てるほどいて、そういう人ももちろん社会的には必要なんだけど、隊長みたいな立ち位置の人が内部からハックしてくれたらそっちの方が面白いんですよ。
資産家夫婦殺害事件とかゆかし案件とかわかりやすいですけど。

まあ自分も経営者だからそう思う面もあるかもしれませんが。隊長も暴れん坊父ちゃんに借金背負わされてそれの返済に苦労したみたいなんで、似たような体験をしている身としてはシンパシーを感じたりもしましたし。

要するに、隊長は自分にとってのロールモデルのひとつだったのです(蛇足だと思いますがネットなので一応念を押しておくと、信者とかマンセーというわけではなく、人格や思想や手法的に決定的に相容れない点は多々あるのだけど、彼がどう判断し行動するかに興味があった、ということです)。

その後無事DTをご卒業され、ご結婚をし、お子様をもうけ、お仕事も順調なご様子ですが、相変わらず様々なおもしろネタを提供し続けてくれています。
で、そこにあるのはどこから仕入れてきたんだっていう政治案件だとか、自身が関わる投資やゲーム業界案件だとか、独自の観察眼と豊富な経験をフルに発揮した炎上案件とかなわけですが、意外なことにそこには一貫して彼独特の倫理観に貫かれているように見えます。

でもしかし。
勝手にロールモデルとして見ている側からすると、オッサンも四十になったんだから、ここらで一歩先に踏み込んでみろよ、などとも思うわけです(今勝手なことを言いました)。

つまり、いつの間にかいい年齢になり、社会的な立場や家族や社員を得た今、自分にとっての「善」をどう扱うか、どう向き合うかということ。
それは社会といかに関わるか、どういう責任を持つ覚悟があるのか、そのために何をするのか、信仰や信条と現実をどう折り合いを付けるのか、といった話なのですが、私自身もそういった問題に直面するミドルエイジなわけで、日々クソとクソを投げ合うクソパーティのようなとても正視できないような小汚い隊長のツイートから時折垣間見える葛藤にムムムとなったりしております。

もちろんこういう話を厚かましく他人に問いただす権利は誰にもないわけだし、それに隊長としてはこんな話を出されても「うるせーよ馬鹿死ね楽しいからやってるんだよそれよりおまえの会社いくら納税してんだよ」と斧を片手に言うに決まっているので、今回のような論争の中でうっかりポロリしちゃった的な事故があると良いな、ぐらいの期待を持って見守っております。


読み返すと下衆の勘ぐりと勝手な期待という最悪コンボですし、バレンタインのラブレターかと思いきや思いっきり不幸の手紙を書いた気もしますが、まあ周囲の賑やかしも含めてあんまり気にしないで楽しくやって頂ければと思います。

あ、イケハヤ先生のことを書きませんでしたが、そもそも彼がフリーになったのはルネサスの不振が理由の1つですので、「日本の半導体不況の影響」という構造的な意味を考えると、どんな形であろうと頑張ってサバイヴして頂ければいいんじゃないかとか思います。以上です。


ネット右翼の矛盾 憂国が招く「亡国」 (宝島社新書)ネット右翼の矛盾 憂国が招く「亡国」 (宝島社新書)
(2013/01/26)
やまもと いちろう、中川 淳一郎 他

商品詳細を見る



ウォッチメン ムービー アクションフィギュア シリーズ1/ロールシャッハウォッチメン ムービー アクションフィギュア シリーズ1/ロールシャッハ
()
DCダイレクト

商品詳細を見る

このエントリーをはてなブックマークに追加

« »

05 2017
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
カテゴリ展開メニュー
  • 自己紹介(2)
  • 経営(5)
  • テレビ・ラジオ(12)
  • 映画(9)
  • 漫画・アニメ(5)
  • 書評(5)
  • その他レビュー(3)
  • ブログについて(1)
  • 子育て(8)
  • ネタ(8)
  • ネタじゃなく(3)
  • 社会(12)
  • 未分類(1)
  • 大震災(2)
  • twitterまとめ(0)
  • 雑考(2)
プロフィール

shikahan(しかはん)

Author:shikahan(しかはん)
経営、映画、子育てなど。

【Twitter】
http://twitter.com/shikahan

Twitter

しかはん < > Reload

FC2カウンター
検索フォーム
QRコード
QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。